2024/06/17 信濃毎日新聞朝刊
 新型コロナと満州―地方の自主性は おかしい、って言えるのか

 地方自治法改定案が5月30日に衆院を通過し、須坂市立博物館の小林宇壱(ういち)館長(62)は新聞を読み込んだ。改定案では災害や感染症流行などの非常時に、国が自治体に対応を指示できるようになる。小林さんは、大規模な予算の投入などで国の役割は重要で欠かせないと思う。一方、自治体は地域にずっと責任を持つ。地方の「自主性」にどう関わってくるか気になった。

 脳裏には、戦時中に旧須坂町を含む上高井郡の町村が満州(現中国東北部)へ珠山(しゅざん)上高井開拓団を送り出した歴史と、市の健康福祉部長として指揮を執った新型コロナウイルスへの対応があった。

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 若手職員時代は博物館の学芸員。税務課長を経て2019年4月から2年間、健康福祉部長を務めた。

 20年2月、県内初の新型コロナ感染者を確認。同27日、安倍晋三首相(当時)が全国の小中高校などの一斉休校を要請した。まだ市内に感染者はいない。疑問視する声も市教育委員会にはあったが、3月2日、市内も一斉休校した。ワクチンの接種、飲食店などへの営業時間の短縮要請…。「命は守るが、ある程度の市民生活の制限は仕方がない」と覚悟を決めて対応した。

 そこに戦時中と似た状況がなかったかと、いま考える。

 どういう経緯や根拠に基づくのか、効果はあるのか。コロナ下の国の方針や県の指示には、本当はもっと情報がほしいものもあった。だがスピード感も求められる中、結果的にはそのまま進めた。市民の声や近隣市町村の動きも意識した。

 職員や市民が目的や手法に納得する過程を経ないまま、国方針に従うだけになっていなかったか―。戦時中の中央集権体制下で自治体職員は、自ら是非を判断し難い中で国策に沿って対応していた。

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 博物館が昨年7~9月に開いた特別展「須坂の太平洋戦争」。その思いは展示内容を考える材料の一つとなった。

 日本軍の攻撃による中国・南京陥落を旭日旗を掲げて喜ぶ須坂町民の写真などを並べ、戦争一色となっていた地域の姿を伝えた。「行け満洲へ」。展示史料の一つ、1936(昭和11)年7月1日号の町報は、県内全域から編成する開拓団員を募集。県の要請もあって上高井郡町村会は41年、郡内の住民による開拓団送出を決めた。町内では宣伝する演劇の上演や映画会が開かれ、戸別の勧誘もあった。

 「須坂も戦争の当事者だったのだと、市民と共有したかった」。小林さんは振り返る。それが、大きな流れや空気に地域が翻弄(ほんろう)されないための起点になると考える。

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 須坂市職員労働組合の女性部は昨年12月、中野市などから満州に渡った高社郷(こうしゃごう)開拓団の元団員、滝沢博義さん(90)=長野市=の講演会を須坂市で開いた。約80人を前に、滝沢さんは集団自決を強いられた経験などを話した。

 昨年度の女性部長の斉藤千咲さん(49)は保育士。副部長の小林理恵さん(49)も保育園の調理師として働く。多くの子どもが犠牲となった歴史が「こんなにも身近にあるんだ」と驚いた一方、滝沢さんの母親が自決を受け入れずあらがったと聞き、その強さに感じ入った。

 「組織が間違っていると思った時、声を上げられるかな。一人だとやっぱり怖いな」。副部長の小林さんは思いを巡らせる。ただ先人の経験を共有できたことは、地域や仲間と手を取り合う糧になると思う。何ができるか、自分に問いかける。