2008/11/07 日本経済新聞
「牛馬になっても生き抜け!」。文化大革命で反革命分子と批判された夫が身重の妻に絶叫する。代表作「芙蓉鎮」(一九八六年)のセリフに、当時台頭してきた第五世代の旗手、陳凱歌監督がかみついた。「あまりにも多くの中国人が家畜のように生きたから国家的な災難が起きたのだ」と。
二人の論争は文革後の中国映画の勢いと幅広さを図らずも世界に知らしめた。
四〇年代の上海映画黄金期の遺産を継ぎ、五〇年代から活躍した第三世代を代表する巨匠。文革を乗り越え、大衆の支持を得た。文革を正面から描いた「芙蓉鎮」は約二億人が見た。
良質のメロドラマの根底には骨太なヒューマニズムがあった。九一年、中国残留孤児を描く「乳泉村の子」のロケ地の横浜を訪ねたとき、大柄な監督は「孤児を育てたのは多くは貧しい農民。孤児問題は中国では現実の社会問題」と語り、こう続けた。「戦争は人間に災難を与える。日中両国民とも苦しんだ。苦しみながら子どもを育てた養母の善良な気持ちは両国の観客に伝わると思う」。握手した手は大きく柔らかだった。
「彼は正しかったと、今感じる」。陳監督は十月末、京都でかつての批判を撤回し、記者に語った。「家畜になっても生きろ、とは彼自身の経験を通して出た言葉だった。困難があっても生き抜くのは命を絶つより難しい。彼は第五世代以前で最も偉大な監督。芙蓉鎮が重要なのは、監督自身の本心を映画で出したからだ」=10月18日没、84歳