2008/10/15 毎日新聞阪神版
京都・舞鶴引揚記念館

 県内に住む中国残留孤児と家族ら約80人が12日、京都府舞鶴市の舞鶴引揚記念館を訪れた。舞鶴には1945年からの13年間に、旧満州(現中国東北部)やシベリアなどに取り残された日本人66万4531人が、引き揚げ船で帰還した。孤児らは、自分たちを中国に置き去りにせざるを得なかった父母らの境遇に思いをはせた。
 記念館訪問は「中国『残留日本人孤児』を支援する兵庫の会」(神戸市東灘区)が企画した。孤児の中には、父親が終戦前に旧満州で徴兵され、長いシベリア抑留を経て帰国した人や、母親らが厳しい逃避行を生き延びて舞鶴にたどり着いた人もいる。孤児らは、引き揚げ者で埋め尽くされた当時の街の様子や、岸壁から子どもや夫の帰還を待ち続けた「岸壁の母、岸壁の妻」たちを紹介する資料に見入っていた。
 逃避行の途中ではぐれた母が46年に、父はシベリア抑留を経て48年に帰国した孤児の植田恒陽さん(64)=宝塚市=は「父と母が苦労して帰ってきたことが分かった」と涙を浮かべた。父がシベリアから48年ごろに帰国したという孤児の有川雅子さん(70)=明石市=は「父は苦しい労働に耐えて日本に帰っても、母は逃避行の途中で死に、私たち3人の子どもも中国に取り残されたままだった。父は苦しかったと思う」と話した。【樋口岳大】

写真説明 舞鶴への引き揚げに関する資料を見る中国残留孤児の男性ら=京都府舞鶴市の舞鶴引揚記念館で