2008/09/13 朝日新聞長野

 戦前戦中の旧満州(中国東北部)に開拓団や青少年義勇軍を大勢送り出した飯田・下伊那地域の人たちでつくる「満蒙(まんもう)開拓を語りつぐ会」(伊坪俊雄代表)は13日、聞き書き報告「下伊那のなかの満洲(まんしゅう)」の6集を刊行する。1集の刊行から5年たち、新たな聞き手が加わる一方、語り手の高齢化は進み、この日の出版記念会に出席できる語り手は7人のうち2人だけ。国策の顛末(てんまつ)を市民の側から記録する作業は時間との闘いだ。(田中洋一)
 会は02年、飯田日中友好協会理事長(当時)で中国帰国者を世話してきた故長沼計司さんが「開拓の様子を語れる帰国者は減ってきた。生の声を記録し、過去の事実を次代に伝えたい」と初代代表に就き、聞き取り報告を企画。「この地の人が、地元の言葉で記録してみませんか」との蘭(あららぎ)信三・上智大教授の後押しで、聞き手の養成セミナーも開いた。
 当初計画した5年間に5集まで刊行し、取り上げた語り手は34人。6集には7人の証言が載る。敗戦数日後に歩いて逃避行中の泰阜分村開拓団と出くわし、一行を守って途中まで同行した当時の小隊長(85)の証言も。「(開拓団が)『安全のためにいっしょに行ってくれ』ちゅうて」「兵隊六十人をふたつに分けて開拓団の先に三十人、うしろに三十人つけて」。十数日間の出来事とみられる。
 開拓団側から見た遭遇劇は4集(06年刊)に記されている。「兵隊さんたちが引っ張っていった……それでよかった」「山の中から出たら別行動になりました」
 開拓団を守った兵隊がいたことが、当事者の両側から裏付けられ、編集委員長の齊藤俊江さんは「歴史的な一コマがやっと実証された」。
 新たな聞き手は、飯田市で税理士事務所を経営する小沢利実さん(68)だ。「税務の仕事で聴く話はせいぜい2年前まで。60年以上も昔の出来事のどこにどう的を絞ったらよいのか」と悩み、質問の多くは先輩会員任せだった。テープ起こしも担当し、「前後に飛ぶ話を整理し、地名や人名の確認が難しかった」。
 小沢さんは家族と満州に渡り、父親(故人)の病気で敗戦前に帰国した。「さもなければ私も残留孤児になっていたのではないか」と感じつつ、昨春入会した。
 宇都宮市の元小隊長をはじめ、県外での聞き取りが3件あった。県外に赴いたのは6集が初めてだ。
 語りつぐ会の会員は現在38人、うち戦中の旧満州体験者は10人。来年は7集の刊行を予定している。6集はB5判219ページ。送料別500円で頒布する。問い合わせは飯田市歴史研究所(0265・53・4670)へ。
 【写真説明】
 「下伊那のなかの満洲」6集のゲラ刷りに目を通す小沢利実さん=飯田市