2008/08/16 東京新聞
戦争の記憶を伝えてほしい-。63回目の終戦記念日。死と隣り合わせの体験を持つ人々は、今年も思い思いの「8月15日」を迎えた。戦争の真実を伝えようと自費出版を続ける元特攻隊員、夫の墓前で反戦を誓った中国残留婦人…。この日が来るたびに後世に伝えることの大切さを感じている。
元特攻隊員の松浦喜一さん(84)=東京都世田谷区=はこの日、六冊目の「遺書」を自費で千部発行した。今回の題名は「日本国民と特攻隊 ノモンハン戦争を考える」。市民団体などに配る。
出撃後、悪天候により、命からがら帰還した松浦さん。これまでも「日本の戦争指導者たちは『私たちもお前たちの特攻に続く』と言明した。しかし特攻を実行したのは若い兵士たちだけだった」などと本に書き、戦争の真実を伝えてきた。
「『憲法九条を守ろう』と言ってるだけじゃなく、戦争についてよく勉強しないと」と呼びかける。
終戦から三十四年間も帰国が実現しなかった中国残留邦人の鈴木則子さん(79)=東京都国分寺市=は家族と夫の墓参りをした。
国策で旧満州(中国東北部)に送り込まれた「満蒙(まんもう)開拓団」の一員だった。ソ連兵や中国人暴徒の襲撃から逃避行を続け、終戦を知ったのは三年も後のこと。助けてくれた中国人のおばあさんが「戦争は終わった」と紙に書いてくれた。
日本政府の無策が長い間、残留邦人らの帰国を妨げた。いまだに公的支援を受けられない人もいる。「まだ何も解決していない。被害者として、加害者として、戦争を考え続けなければ。反戦とは、今の国のあり方を問い続けること」と話す。
生還が困難な特殊潜航艇「蛟龍(こうりゅう)」の要員だった岩島久夫さん(81)=東京都世田谷区=は、福岡から上京した娘一家と静かに過ごした。水中の特攻隊として「死ぬための訓練」を続けた日々。訓練を終え、帰隊途中の広島で、原爆投下後の地獄絵図を見て終戦を予期した。戦後、旧防衛庁に勤め、今は大学院で平和学を講義する。「犯罪も戦争も、相互理解の不足から発生する。直接相手と会って対話することで、平和は保たれる」と伝える。
戦争を知らない若者も戦争に向き合った。在日コリアン三世の大学二年、宣英理(ソンヨンリ)さん(19)は、東京・代々木で「日韓学生会議」のメンバーらが開いたシンポジウムに参加。「愛国心」をテーマにした発表をした。
来場者の女性が「昔は『お国のために』と教えられ、愛国心が戦争動員に利用された」と体験を語り、宣さんは「教育は平和をつくることも、戦争をつくることもできるんだ」と感じた。日本と韓国の学生約五十人が合宿しながら準備に励んだ。宣さんは「あの戦争の禍根を引きずった日韓の歴史問題も、若い私たちの世代なら乗り越えていけると思った」と目を輝かせた。