こんにちは、怪我だらけ柔道家です。

 

今日は先月に書いた自己紹介の続きを書こうと思います。

ワクチンの話ばかりだと暗くなりがちですからね…!

前回は僕の高校卒業まででしたので、浪人時代の事を振り返ります。

期間が短く見えますが、この間は密度が濃かったです笑い泣き

 

・浪人時代

受験ノイローゼで夢も希望もないまま始まりました。誰もが知ってる大手予備校です。

これで高校の先生から離れられる…でも全敗しただけに本当に成績が伸びるのか。

その不安はすぐには拭えませんでした。

 

でもそこでその考えを払拭してくれた英語の先生がいたんです。

英作文の授業を担当していた先生で、

ちょっと教育業界への愚痴は多くも論理的な思考のもと回答を導き出す先生です。

(なので学生にとって結構好みが分かれてました)

でも英語なのに暗記だけに頼らない解法に僕の脳みそと心臓は衝撃で揺れっぱなしですね。

 

質問しに行ったときに自分の高校の時の先生や勉強方法を打ち明けてみました。すると

「君は何も悪い事してない、学校の教育方針が最悪だ。僕の授業を受けていたら成績は上がるから」

心と気持ちが救われる瞬間でした。

 

それから毎日12時間近くの勉強にも身が入り、他の科目の講師も素晴らしく

第一志望は叶わなかったけども行きたい大学に合格出来てすぐ報告しに行き一緒に喜びました。

 

大学入学してからは会っていなかったのですが、

2、3年前にテレビ東京で「先生、、、どこにいるんですか?」という番組を見かけました。

なんと、一般視聴者からの応募を募っているのです!

その瞬間、またあの先生に急に会いたくなったんです。社会人になった今でも元気をもらっていますと。

 

応募をしようとした瞬間、急に番組が打ち切られたんですえーん

応募しようと思うも時すでに遅し…悔しかったですね。

予備校に問い合わせても、4年前に定年退職されたとの事。

 

思い立ったら即行動の大切さを痛感しました。

福島に住んでいる先生なので、もう会えないでしょうね…残念。

でもまたいつか会えるのなら、何度でもお礼を言いたいです。

そんな恩師がいる事は幸せだなとも思うんです。

 

浪人は勉強漬けで世間と疎外感もあり、苦い思い出の人が多いかもしれない。

でも人との出会いで1年間全部が教訓として、経験として思い出になります。

あの先生がいたからこそ、ボランティア活動を14年続けてこれています(これに関しては次回)。

 

長くなってしまった…。

次回は大学時代の事を書きますね。