こんばんは、怪我だらけ柔道家です。

 

実は昨日、掃除機を買いました。

普通の掃除機ではなく、ルンバのような自動掃除機です。

立上げて、部屋の間取りを確認するために部屋のあちこちを行き来するんですが、

迷いながらも進む姿が可愛すぎて癒されるんですが、僕だけですかチュー

 

 

そしてそして、ワクチン後遺症の方々の意見や話を聞いていてふと考えたのが

「ワクチンを反対する医師や意見ともっと触れていたらワクチンは打たなかったのか?」

という事。

 

後遺症として体に様々症状がある今の現状では、

もっとそういう意見があれば打ってないと感じるのが普通。

でもよく考えてみたんです。

 

考えた結果、やっぱり打っていただろうな~、と。僕の場合。

両方の意見が同等にあったとしても、コロナに罹患した後の症例、事実の方が母数が多い。

亡くなった方の数、症例の数、後遺症の事例、コロナの性質などなど。

意見の数は同じだとしても、罹患後の情報があまりにも多い。

ワクチン打った人と打たなかった人の経過観察のデータとかも、ほぼ無かった記憶(2021年当時では)。

 

それを考慮したうえで、これは僕の個人的な解釈なんだけど、

僕が持ち合わせているウイルス、医学、栄養学の微々たるリテラシー程度では

打つ打たないを判断するには全くと言っていいほど足らなかった。

 

だから、反対意見があっても決めれなかったと思うんです。

そう思うと接種は避けれなかった気がして。

 

誰が悪いうんぬんよりも、

目の前の報道をどう解釈をするか、知らない事を調べる癖があるか、仮設を立てれるかなど、

自分の選択に責任を持てるか、選択した結果を自責思考にできるか、を備えていれば防げた可能性はあったかな…?

 

そう思うと、僕もまだまだ未熟だった。

周囲に流される程度の自分軸だったんだと。これは大いに反省。

 

自虐的になるわけではないけど、

ワクチン後遺症になった事もその償いだと思うと、ちょっとは勉強になったと解釈して苦しさは紛れる。

無理やりなところもあるけど。

 

でも救済処置はしてくれ。