こんにちは~![]()
みなさん、
いかがお過ごしですか?
この半年で、私の一人暮らしも
だいぶ板についてきまして。
お盆休みに帰省するうちの子が
楽しみでもあり、
ちょっと疲れることでもあり……
「孫は来て良し、帰って良し」
の感覚が、なんとなく
分かるようになりました。
孫じゃねーけどwww
会えるのは嬉しいんですよ。
でもね~、
部屋に荷物が散乱する。
買い出しに行く。
ご飯をどうするか考える。
足りない日用品を揃える。
車を出す。
なんだかんだと、
母としての「おもてなし」
が発生する。![]()
一緒に暮らしていた頃は、
それが当たり前だったんですよね。
「母親だからねー」
と軽く思っていた。
でも今、少し距離ができてみると
あれ?私、けっこう頑張ってたな
と思う。笑
役割や立場
そして置かれていた環境の中で
「こうするもの」
「こうあるもの」
という考えを、知らないうちに
身につけていたんだなぁ、と。
しかも、
「本当はちょっと嫌だな」
「しんどいな」
と思っていても
「やらなきゃいけないことだから」
と、いちいち
自分の気持ちを確認することもなく
そのまま引き受ける。
我慢しているという自覚すらなく、
耐えることが日常になって
いたんでしょうね。
マジでがんばったなぁー、自分!!
だから最近は、
「役割って、必要に応じて
着たり脱いだりするものなのかも」
と思うようになりました。
“自分に戻る”時間を大切にね。
母親だから。
娘だから。
妻だから。
社会人だから。
その立場にいることは事実。
でも、
私自身が、その役割そのものに
なる必要はない。
役割を引き受けることと、
役割に自分を明け渡すことは、
どうやら別の話らしい。
そんなことを考えながら過ごした、
今年のお盆休みでした。
……で。
せっかくの連休だし
うちの子もどこか行きたいかなと思って、
「どっか行きたいなら車出すよ~」
とは言ってみたんです。
でも、
あそこは違う。
ここもなんか違う。
うーん……
と、行き先が全然決まらない。笑
そしたら、そのとき
スピリットガイドの声が聞こえてきて。
「何かしようと、しなくてよい。
ただ、癒しに来ているのだ」
……え?
帰省って、
そういう意味もあったの?
と、ちょっと衝撃でした。
というのも、
私は実家に帰って
「癒された」という感覚が、
ほぼなかったから。![]()
だからこそ、
「帰省する我が子」と
「帰省しなかった私」
この違いが、急に気になった。
考えてみると、
たぶん「家族」というものに対して
持っている前提そのものが違う。
私は、
「家族だから大切にする」
「家族だから一緒にいる」
という関係より、
「この人だから大切にしたい」
「この人だから一緒にいたい」
という関係のほうが好き。
親だから。
娘だから。
家族だから。
そういう理由だけで、
誰かとつながっていたくない。
「あなたはあなた。私は私。」
そのうえで、
それでも一緒にいたい。
それでも関わりたい。
そう思える関係が好き。
もちろん、現実の社会では
役割も立場も必要だから
親なら親として、
仕事なら仕事として、
引き受けなければならないこともある。
でも、
役割を引き受けても、
自分まで役割そのものにはならない。
そして、
プライベートな人間関係では
自由に離れることもできるのに
それでも「この人と関わりたい」
と思える。
義務だからではなく、
自由なのに、それでも選びたい。
そんなふうに、
「役割」ではなく
「個と個」で向き合える関係を、
私はずっと求めているんだなって
気が付きました。
……そう考えると、
うちの子が帰ってきてくれることも、
ちょっと違って見えてくる。
「娘だから帰ってくる」のではなく
自由な一人の人間として
それでも私のところに帰ってきたいと
思ってくれているのだとしたら。
それって、
めっちゃくちゃ嬉しいなぁ!
本音はわからんけどwww
ちなみに、
私にとっての「帰る場所」って
どうやら実家ではないらしい。
「自分でいられる場所」
「自分に戻れる場所」
そこが、私にとっての
「帰りたい場所」なのだと思う。
そんなことを考えながら、
今年のお盆は、ちょこっとだけ
母親業をしておりました。
ちなみに料理は、ほぼ外食ですwww
みなさんは
どんなところへ帰りましたか?
今日もみなさん、
いろんな「役割という制服」を
着たり脱いだり、
お疲れさまでした~!
そろそろ脱いで、
素の自分に帰りましょ~♪
それでは、また。



