
『小学校高学年になってからサッカーをやらせてもね…
今からじゃレギュラーになれなくてかわいそうだから
バスケットをさせることにしたわ』
『スイミングぐらい習わせないの?
小学校に入ったら
他の子は楽しそうに泳いでいる傍らで
ワンツーマンで個別指導になっちゃうわよ』
『うちの子…本当は中学校受験させようと思っているけど
他の子には絶対に言っちゃダメよと言い聞かせているの
だって落ちた時にみんなに知られたらかわいそうじゃない』
これ…
あたり前のこととして語られている親同士の会話です。
でも…
文章にしてみると
なんておかしな会話だろうと思います。
子どもを産んだ母親は
わが子に危険が迫っていないかをキャッチする
センサー(逃走闘争反応)が
とっても敏感に働くようになると言います。
自分で身を守ることのできない子どもに代わり
どんなに小さな危険でも見落とさず察知することで
逃げたり、時に闘ったりと
素早く反応するセンサーを持つことで
次世代の命を守ることに成功させてきたのでしょう。
『危険から身を守ること』
…でも、ともするとこれ
守り過ぎてしまうと同時に
新たな危険を招く結果になるのかもしれません。
不測の事態に遭遇した時にどうするか…
その人の真の力が問われる時です。
少なくとも
対処する力は
危険から身を守り続けていることでは身につかないからです。
気をつけないと子どもは
レギュラーになれないことは恥ずかしいことだと学び
ワンツーマンで個別に指導されることはかわいそうだと学び
挑戦したけれど結果が出せなかったことはみっともないことだと
学んでいきます。
遅れをとること
パッとしないこと
失敗から学んだり
立ち止まり
足踏みしてじっくり熟考することを
いけないことだと感覚的に学んでしまったらどうなるか
一番心配なのは
長い人生の中で
恐らく時として
自分が同じ立場に置かれることとなった時どう乗り切るのだろう…
場合によっては
つまづく自分が許せず
踏ん張るどころか
逃げ出したくなるかもしれません…。
(社会人となった若者が
数か月で仕事をやめたくなるとか
ドロップアウトしていくという話を度々耳にします)
子どもは
初めての人間関係である親から
様々な価値観に触れ
世の中を知っていきます。
そこから自分らしさを交えた広がりを育てていくのですが
やはり最初にもらった土台は
様々な場面で、大きな影響を与え続けるような気がします。
自分の意思を持つ頃から少しずつ
親の介入の手を緩め
自分で決断し
その結果も甘んじて引き受ける体験を
意識して
丁寧に
たくさん
積まないといけない時代なのかな
…と考えさせられます。
目先のことにとらわれず
10年先
20年先
…やがてはこの子が親となり
子育てするであろう姿をイメージしながら
今、何を授けてやるべきかを考える
“間”を持ちたいなぁ…と思います。

「吉田恭子の子育てeducare」では
日常の様々な気づきをお伝えしています
