三菱一号館美術館「画鬼暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」 | 浮世な世界

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おはようございます


もうだいぶ前になってしまうのですが、丸の内にある三菱一号館美術館で9月6日まで開催されている「画鬼暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」を観に行ってきました!




↑意外にこの美術館に行ったのは初めてなんですよね~



あらゆる画風を吸収し、またその強烈な個性が近年再評価を受けている、河鍋暁斎。

今回の展覧会では暁斎の作品だけではなく彼の愛弟子で、日本近代建築の礎を築いたジョサイア・コンドルの作品も展示されているのが面白かったですね(ちなみに会場の三菱一号館美術館の元の建物を建築したのはコンドルなんです)。



展示構成は、

1:暁斎とコンドルの出会い 第二回内国勧業博覧会
2:コンドル―近代建築の父
3:コンドルの日本研究
4:暁斎とコンドルの交流
5:暁斎の画業

になっています。


コンドルは、明治政府からお雇い外国人として招かれて、ニコライ堂や鹿鳴館といった建物を手がけ、後には工部大学校(現・東京大学工学部建築学科)でも教鞭をとるなど第一線で活躍していた建築家です。

しかし、もともと美術・工芸に多大な関心を寄せていたこともあり、詳しいことは不明ですが当時の人気絵師だった河鍋暁斎に弟子入りすることになったのです。


彼が弟子入りしたのは1881(明治14)年らしいのですが、同年暁斎は、第二回内国勧業博覧会に『枯木寒鴉図』(榮太樓總本鋪蔵/今展覧会でも出品されています)を出品し、これが絵画作品の最高賞である妙技二等賞牌を受賞し、暁斎の名声を確固たるものにしました。

ちなみにこの博覧会の会場・上野博物館(現・東京国立博物館)を設計したのがコンドルなので、なにか運命を感じますね!




↑ジョサイア・コンドル 『上野博物館遠景之図』 東京国立博物館蔵


コンドルは元の素質も優れていたのか、わずか2年で「暁英」という画号をもらっています。

やはり建築家は図面や設計も手掛けるので、上達が早かったのでしょうね!


会場内にはコンドルが描いた日本画も展示されており、『霊照女・拾得図屏風』(個人蔵、京都国立博物館寄託)は狩野派の技法が使われており、とても西洋人が描いたものとは思えませんでした!


暁斎もコンドルを可愛がったようで、『大和美人図屏風』などをコンドルに贈っています。




↑河鍋暁斎 『大和美人図屏風』 1890~1891(明治17~明治18)年 個人蔵/京都国立博物館寄託



もちろん暁斎の作品もたくさん出品されています!


元々暁斎は歌川国芳、狩野派から絵の手ほどきを受けており、正当な日本画から写生画、戯画と様々な画風を身に着けていました。




↑河鍋暁斎 『東京名所之内 上野山内一覧之図』 1881(明治14)年 河鍋暁斎記念美術館蔵




↑河鍋暁斎 『暁斎楽画第九号 地獄太夫 がいこつの遊戯ヲゆめに見る図』 1874(明治7)年

前期のみ展示


といって浮世絵風の作品から、




↑河鍋暁斎 『河竹黙阿弥『漂流奇譚西洋劇』パリス劇場表』 1879(明治12)年 GAS MUSEUM がす資料館蔵


といった当時の風俗画や、





↑河鍋暁斎 『美人観蛙戯図』 1874(明治4)年以降 河鍋暁斎記念美術館蔵





↑河鍋暁斎 『惺々狂斎画帖 三』 1870(明治3)年以前 個人蔵 後期のみ展示


といったユーモラスな絵となんでも書いております(笑)


また今回120年ぶりに、ニューヨークのメトロポリタン美術館が所蔵している下絵数点が日本で初めて展示されているのも見逃せません!

主に描かれているのは猿や鷹、猫といった動物ですが、とても細密に描かれており、改めてその画力に驚嘆するばかりです。

暁斎の作品はコンドルのみならず、多くの外国人をも魅了し、数多くの作品が海外の美術館に収められています(一説には日本人の画家で一番多いとも)。



わたくしが7月の初めに行ったときはあまり混んではいなかったのですが、どうやら現在は混雑している日が多いようです。

9月6日までなので是非!!



三菱一号館美術館「画鬼暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」



注)画像は三菱一号館美術館「画鬼暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」の公式HPより転載したものです。

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