亥鼻城(千葉城/現・千葉市立郷土博物館) その1 | 浮世な世界

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こんばんは


かなり久しぶりの更新です。


ちょっと先月はいろいろとあり、精神的にもかなり疲れ果ててしまいブログに全く手を付ける気もなりませんでしたヽ(;´Д`)ノ

今年も忙しい年になると思うので、旅行に行く暇がないと思いますね。


ブログの更新も停滞してしまいますが、なんとか腐らずに頑張りたいと思います(^▽^;)



さて、去年の8月に千葉市にある亥鼻城跡に行ってきたので、ご紹介したいと思います。





↑現在千葉城の呼び名で親しまれている亥鼻城(いのはなじょう)は、1126年(大治1)に千葉常重という人物が建てたといわれるお城になります。

この千葉氏は、桓武天皇の流れをくむといわれている豪族であり、平安から室町まで房総半島に大きな勢力を持った一族であります。

鎌倉時代に有力御家人になったことで勢力を拡大し、亥鼻城も現在の千葉県庁まで広大な敷地を有していたといいます。


亥鼻城は詳しい事はあまりわかっていないようですが、中世のお城らしく土塁や堀切、物見台などがあったと推察されているようです。

千葉氏が戦国時代の初めに著しく衰退してしまったことで、亥鼻城も廃城されてしまったので、遺構はあまり残されてはいないようです。


現在は跡地に天守を模した博物館が建てられており、公園として利用されています。






↑千葉都市モノレール県庁前からは模擬天守が見えます。

 ちなみに写真右にわずかに見える建物が千葉県庁になります。





↑電車に乗っているといつも見えるのですが、何気に行くのは初めてでした(笑)







↑駅から公園に向かって歩いていたのですが、公園入り口ではなく裏手の方から入ってしまいました。






↑写真左に行くと本丸に入ります。







↑まずは右手にある物見台跡に。






↑この場所にかつては物見台があったといいます。







↑現在は小さな祠が祀られていました。






↑近くには「亥鼻城」と書かれた碑が。


現在は千葉城の呼び名が有名ですが、亥鼻城が正しい呼び方だとか。







↑こちらが本丸跡になります。






↑真正面には模擬天守が。






↑遺構らしい遺構はほとんどありませんが、







↑わずかに土塁跡が残っています。









↑このあたりも土塁でしょうか?



というわけでその2に続きます!