おはようございます
かなり早く目が覚めてしまったので、せっかくだから記事を書いてしまいます(笑)
↑八幡社境内には川中島の戦いに関する史跡がたくさんあります。
↑なんといっても見所はこちらの銅像でしょう!
↑前回の記事でも紹介したように、第四回川中島の戦いでは、武田軍本陣に謙信が単騎で乗り込んで、床几に座る信玄に向かって太刀を振りおろします。これを信玄は軍配で受け止めたため、両者の勝負はつかなかった・・・・・・・・・・、戦国時代屈指の逸話として有名なシーンですね。
ただ、実際にこのような出来事が起こったのかというと、可能性は低いみたいですね。
川中島の戦いに関する史料は少なく、上記の逸話や武田方の軍師・山本勘助が進言したというキツツキ戦法などは、『甲陽軍鑑』という軍学書が基になっているのですが、同書は信憑性が低いためあまり参考にならないようです。
しかし、史料自体が少ない為、頼らざるを得ないのだそうです(゚_゚i)
他にも色々と紹介したいお話はあるのですが、あくまで旅行レポなどであまり詳しく書くのはやめておきます(笑)
↑今まさに太刀を振り下ろそうとする上杉謙信の像と、
↑それを軍配で受け止めようとする武田信玄の像は躍動感に溢れています!
↑個人的には、数ある武田信玄の像の中で一番好きです!
↑火の作り物丸出し感がまたいい( ´艸`)
↑有名な「風林火山」の軍旗です。
よく見たら逆ですねorz
↑前述した一騎打ちの逸話を基に建立された碑です。
↑本陣に乗り込んだ謙信を討ち取ろうとした、武田方の武将・原虎胤が討ち取れなかった悔しさから近くにあった石に槍で穴をあけた、という逸話が伝わる執念の石です。
↑信玄が土塁を作る際に、土どめに槐(えんじゅ)の杭を根を上にして打ち込んだものが、こちらの逆槐と呼ばれる木になります。
ということは樹齢は400年以上になるんでしょうか!
↑ちなみに土塁跡は今でも確認できるようなのですが、確かに盛り上がっている部分があるような無いような(笑)
↑これですかね?
↑江戸後期の歌人・田中月亀親子が川中島の戦いを偲んだ歌碑です。
↑武田方の武将・高坂昌信が合戦の死者(六千余人)を、敵味方分け隔てなく集めて葬った首塚です。
昔は首塚は周辺に複数あったようですが、現在は二つしか確認できないようです。
↑公園内には川中島の戦いに関する史跡が書かれた案内板もあるので、散策には役立ちますよ!
というわけで次回は、松代城を紹介したいと思います。















