こんにちは
今日はお休みなのでブログの更新をしたいと思います。
↑今日は秋山兄弟生誕地を紹介します。
松山城ロープウェイ発着所の近くにあったので、割とすぐに見つかりました(笑)
秋山好古・真之兄弟を輩出した秋山家は天保年間(1830~1844)にこの場所に住居を構えました。住居は質素なかやぶきの屋根であり、わずかに数室があるなど典型的な下級武士の住居だったようです(秋山家は十石ほどの家禄だったようです)。
残念ながら空襲によって、この場所は焼失してしまい2005(平成17)年に住居が再建されるまでは碑が一つあっただけでした。
↑入り口には好古の子孫が書いた表札があります。
↑入って右手にあるのが秋山好古の銅像です。
日本の「騎兵隊の父」らしく馬に乗った姿です。
↑陸軍退役後は故郷の松山に戻り、中学校の校長に就任して生徒たちの教育に尽くした晩年を送りました。
↑左手には弟・真之の像が。
↑日露戦争時の作戦参謀を務めあげ、日本海海戦の勝利に貢献しましたが50歳という若さで亡くなりました。
NHKの坂の上の雲では本木雅弘さんが演じていましたね(好古は阿部寛さんです)!
↑こちらが再建された住居です。
↑再建の際は、現存する資料や文献がほとんど残っておらず、秋山家や秋山家と親交のあった知人たちの子孫から聞き取りを行ったようです。
↑中に入ることもできます。
↑こちらは台所です。
↑内部には秋山家に関する資料も展示されていました。
↑ビデオなどを見ることもできます。
残念ながら室内には入ることはできないようですorz
↑縁側にもさりげなく資料が展示されています。
↑生家裏手には産湯や家事に使用された井戸や、
↑記念碑などもありました。
↑生誕地隣には武道場がありました。
真之は1888年(明治21)年に帰郷した際に、地元の同級生たちと「松山同郷会」創設し、青少年たちの鍛錬の場として柔道や剣道を教えていました。
その流れを受け継いで発足されたのが公益財団法人「常盤同郷会」であり、現在も地元の子供たちに武道を教えているそうです。
というわけで松山編はこれで終了です。
この後松山を後にしたわたくしは、愛媛を抜けて香川県琴平町で一泊し、金刀比羅宮を参拝してきました。
なので次回は金刀比羅宮を紹介したいと思います。
















