こんばんわ
先ほどまでヒストリアを観ておりました。
今回はキリスト教のお話がメインということで、長崎が紹介されていましたね!
長崎か~、ぜひとも行ってみたいですね( ̄▽ ̄)=3
とはいっても距離的に少し遠いのがネックですが・・・・・
さて、今日はあるお方のお墓を紹介します。
↑千葉県銚子市にある光台寺というお寺に飯岡助五郎という人物のお墓があります。
飯岡助五郎(いいおかすけごろう、1792~1859)は江戸時代中期に活躍した侠客です。
元は相模国の三浦(横須賀という説も)の武家階級の出身といわれています。
当初は相撲取りの弟子でしたが、その後九十九里の漁師の養子となり、上総国飯岡に移住したそうです。
助五郎はやくざ者をたたき上げ、飯岡一帯を自身の縄張りとし、房総半島の大親分といわれるようになります。また、飯岡の復興にも尽力しており、評判は結構良かったとか。
助五郎を語る上で欠かせないのが、大利根河原の決闘と呼ばれるものです。
これは笹川繁蔵という侠客一派との争いで、双方ともに死者が出るほどの大騒動に発展した事件のようです(((゜д゜;)))
これらの出来事を表した講談が『天保水滸伝』というものです!
↑こちらが飯岡助五郎のお墓です!
ちなみに助五郎は侠客にしてはめずらしく非業の死を遂げず67歳で病死します。
↑講談などでは、いわゆるゴロツキのように描かれているそうですが、地元では結構評判のおじいちゃんだったみたいです(笑)
↑一応解説版がありました!
解説版を読んでいると、お爺さんがやってきて飯岡助五郎について詳しく教えてくれました(笑)
どうやらお年寄りはいまでも知っている人は多いそうです。
そろそろ一人旅の行き先を決めとかないといけませんね。
じっくり考えます(。・ω・)ノ゙




