こんばんわ
久しぶりの更新です。
火曜日の天気の荒れ模様はすさまじかったですね(^_^;)
わたくしはひどくなる前に帰れたのですが、どうやら電車などは全線ストップになったりと大変だったようです(((( ;°Д°))))
今日も朝は大雨でしたが、わたくしが家を出るときにはすっかり小雨になっていたのでよかったです(笑)
さて、今日は染井霊園を紹介したいと思います。
↑染井霊園は東京・巣鴨駅を降りて少し歩いた場所にあります。
染井霊園は谷中霊園や青山霊園などと一緒に東京を代表する霊園の一つです。
霊園なのでもちろん墓地なのですが、一般の方のほかに歴史上の人物のお墓などもあり、また一般にも解放されています。
昨今では墓マイラーというのも流行っているらしいのですね(笑)
わたくしも半年ほど前に行ってきたのですが、紹介するのを忘れていたようなので今頃になってしまいましたσ(^_^;)
一応霊園ということなので、ちゃんと手を合わせては来ました(。-人-。)
では、いくつか紹介したいと思います!
二葉亭四迷(1864~1909)
↑ちゃんと案内板がありました。
↑二葉亭四迷は坪内逍遥に師事し、言文一致文体の小説『浮雲』を書き、日本近代小説の先駆者といわれている作家です。
墓石には本名の長谷川辰之助の名が刻まれていました。
幣原喜重郎
↑幣原喜重郎は大隈重信内閣、寺内正毅内閣、原敬内閣の外務次官を務め、加藤高明内閣の時には外務大臣に就任した人物です。
↑その後の歴代内閣でも外務大臣を務め、戦後はついに総理大臣に就任します。
またその協調的な外交は幣原外交とも呼ばれていますね!
下岡蓮杖(1823~1914)
↑下岡蓮杖は幕末から明治にかけて活躍した写真家で日本のカメラマンの草分けとして知られています。
↑なんかお墓の割にはかなり細かったのが気になりました(笑)
高村家(高村光雲、光太郎、智恵子)
↑こちらは高村家のお墓です。
高村光雲は日本近代彫刻の父といわれている人物で、上野の西郷隆盛像や東京国立博物館所蔵の「老猿」などを手掛けています。
光雲の子の高村光太郎は、父と同じく彫刻家、また詩人としても有名です。
妻・智恵子のことを書いた『智恵子抄』や「ぼくの前に道はない ぼくの前に道は出来る」で有名な詩集『道程』などが代表作です。
↑個人のお墓ではなく、一般の方と同じようの形式のお墓でした。
まだまだあるのですが、本日はこの辺で☆-( ^-゚)v








