こんにちわ
今日はかなり暑いですねA=´、`=)ゞ
まさに絶好のお出かけ日和ということで、両親は東京へ旅行へ行ってしまいました(笑)
さて、今日から少しずつ地元や千葉県内の史跡などを紹介したいと思います!
といってもわたくしの地元は千葉県の中でも田舎な方なので、有名なものはないんですけどorz
今日紹介するのは成東城址です!
↑山武市成東町という町にかつてあった城址です。
成東城は応永年間(1394~1427)に、当時この地に勢力を誇っていた千葉氏の家臣である印東四郎によって築かれたといわれています。
成東城は一時廃城となりますが、1530(享禄3)に千葉勝胤によって再興し、勝胤の子の千葉胤正は成東八郎を称したといいます。
しかし、豊臣秀吉の小田原征伐によって落城、その後2万石以って成東に封じられた石川康通や青山忠成が城主を勤めていましたが、青山氏が1620年(元和6)年に埼玉の岩槻城に移封されると、廃城となります。
現在は宅地化などによって遺構はなにもなく、わずかに土塁や堀跡が残っている程度です。
↑この丘陵地に成東城はあります。
↑入り口はこのほかにも数か所あります。
右の階段を上ったところが二之丸付近といわれています。
↑本丸方向へ進んでみます。
↑本丸へ通ずる土橋がありますね!
↑土橋の下は空堀になっているようですが、なにがなんだかさっぱりです(・_・;)
↑う~んわかりずらい・・・・・・・・
↑一応土塁のようなものも確認できました(笑)
↑この付近がかつての本丸(愛宕曲輪跡)だそうです。
↑愛宕神社がありました。
↑一応地図が描かれた解説版があったのですが、ボロボロですね(>0<)
↑ここから下に降りれるようになっています。
↑わずかに盛り上がっているような気がするようなしないような(笑)
↑この付近は二之丸(城之内曲輪)といわれています。
本丸よりは整備されていますね。
↑説明板や、
↑斉藤信夫自筆の「里の秋」の歌碑がありました!
↑ここからは街並みが一望できます!
↑西側には空堀らしきものがありました。
↑やけに土塁が盛り上がってますね!
↑三の丸があった場所は現在はテニスコートになっていました(笑)
成東城に関する資料は少なく実態はよくわかっていないらしいですね!
わたくしなんかはまだまだお城の知識はないので、行ってみてもよくわかりませんでしたが(^_^;)
なんか吉田郡山城に似てなくもないかな(笑)





















