勝林寺(田沼意次の墓/東京) | 浮世な世界

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歴史好きの男子学生が史跡やお城をまったりと紹介するブログです!

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こんにちわ


今日はクリスマスですね!


まぁ、現在彼女がいないわたくしは同じく彼女がいない友人らと悲しいパーティをやりますけどo(TωT )


今日はやけ食いしてやる!!



さて、今日紹介するのは勝林寺です!!




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↑巣鴨の染井霊園近くにあります。




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↑勝林寺は1616(元和2)年に幕府の御殿医であった中川元享が創建した臨済宗のお寺です。




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↑境内には平安末期に制作されたといわれ、東京都では最も古い木造釈迦如来坐像が安置されています。




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↑実はこのお寺は田沼意次が中興再建したお寺で、境内には意次をはじめとする田沼一族のお墓があります。


ちなみに写真は田沼意次のお墓です。




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↑田沼意次は10代将軍家治の側用人から老中となった人物です!


積極的に重商主義政策を奨励し幕府の財政を立て直そうとしたことは有名ですね。


運上金や冥加金の収入を目的に、問屋、株仲間の育成を強化し、貨幣の増鋳、なども行いました。


また、貿易を重視し、当時蝦夷やロシアの貿易をするべきだと主張していた仙台藩の医師・工藤平助を登用するなど、当時としてはかなり画期的なことを行ってもいます。


しかし、膨張する貨幣経済は武士の困窮を招き、つづく凶作や飢饉によって百姓一揆が続発し、意次はのちに失脚してしまいます。



この田沼時代は、それまでの重農主義から重商主義へと転換した時代でもあり、近代的な商業政策を実践した政治家として現在は評価されてもいいと個人的には思います(田沼意次好きなんで(笑))。


また、悪徳政治家などのイメージもかなりねつ造された部分があり、松平定信が悪評を流したという説もあります。



現在も、おそらく悪いイメージが強い田沼意次ですが、彼の近代的経済感覚は近代日本の基礎を築いたのではと思いますね!




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