品川弥二郎像(九段下公園) | 浮世な世界

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歴史好きの男子学生が史跡やお城をまったりと紹介するブログです!

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こんばんわ


もう10月の半ばだというのに今日は暑い日でしたねあせる


暗くなるのは早くなってきたのに昼間はまるで夏(;^_^A


体調を崩さないように気を付けなければですね!




さて、先日紹介した九段下公園の大山巌像の隣にはこの方の銅像が、




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↑長州藩士の品川弥二郎ですビックリマーク



品川弥二郎(1848~1900)は幕末から明治に活躍した志士・政治家です。


1843(天保14)年長州藩足軽の子として生まれます。


身分が低かったため藩校には通えず、15歳の時に吉田松陰が主宰する松下村塾に通います。


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↑世田谷区の松陰神社にある松下村塾を復元した建物です。



松下村塾のといえば、高杉晋作、伊藤博文、桂小五郎(木戸孝允)など明治維新で活躍する逸材を出したことで有名ですねビックリマーク


弥二郎も年少者でありながら頭脳明晰だったらしく師の松陰も「事に臨みて驚かず 少年中 希望の男子なり」と褒めたたえています。


しかし、松陰が安政の大獄で処刑されると、高杉晋作の元で討幕運動に積極的に参加します。


特に1865(慶応元)年には桂小五郎に従い薩長同盟締結にも尽力しました。




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↑像の作者は本山白雲(もとやまはくうん、1871~1852)で、高知県・桂浜の坂本龍馬像を手掛けた人です!


維新後は欧州を視察し,その見識を活かして殖産興業を進めています。




弥二郎は生涯師の松陰を尊敬し、私財を投じて松陰の著作集を出版しています。


また京都に尊攘堂(現在は京都大学内にあります)を建設し、勤王の志士たちの遺墨や遺品の保存にも尽力しました。


1900(明治33)年、肺炎をこじらせ死去。  享年58



とまぁ長いのか短いのか彼の生涯を簡単に紹介しました(笑)


彼は一般にはおそらくあまり知られていない人物かもしれませんね(松下村塾の人物では高杉や桂などのほうが有名ですから)。


しかし彼は幕末・明治の歴史を語るうえで欠かせない人物なので、もっと知られてほしいですね!!



なんかつたない文ですみません(もっとうまくなりない(T_T))。



ではこれから昨日録画しておいた大河ドラマでも観たいと思います(笑)




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