菅原院天満宮 | 浮世な世界

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こんにちわ


ちょっとブログをやる暇がなくて放置しちゃいましたあせる


わたくしのブログの更新も波がありますね(;^_^A




さて、本日も京都の写真を


今回紹介するのは菅原院天満宮です!!




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↑烏丸通・京都御苑の反対側にあります。


ここにゆかりのある人物が、菅原道真です。


菅原道真は平安前期の公卿で、学者・文人としてもすぐれていた人物です。


時の天皇であった宇多天皇の信認が厚く、894(勘平6)年に遣唐使に任じられますが、道真は唐はすでに衰退したいるので、これを廃止にすべきと献言し遣唐使を廃止させました。


ちなみに894(白紙)に戻そう遣唐使で年号を覚えた人は私も含めて多いのでは(笑)


また、歴史書『類聚国史』・『日本三代実録』、詩文『菅家文書』などを著すほど学問に造詣の深い人物でもあったようです。




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↑案内板を見る限りでは、道真はここで誕生したと書いてありますね。


ただ、京都にはほかにも数か所道真生誕地があるらしいので、どれが本当なのやら・・・・・


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↑道真の産湯に使ったといわれている井戸です。


さて、道真はどんどん出世街道を上っていきますが、当時政界を牛耳っていた藤原氏はそれが面白くありません。


そこで左大臣の藤原時平は天皇に謀反を企てていると讒言し、道真は大宰府に左遷させられてしまうのです。(昌泰の変といいます)


粗末な小屋のような場所に住み、一人さみしく道真は亡くなりますが、その後都に疫病や天変地異が起きるようになり、道真左遷にかかわった人物が次々と死亡するという事態に。


これを道真の呪いと恐れた都の人々は、道真を神に祀り上げ今日には北野天満宮、大宰府には太宰府天満宮を建てるようになったのです。


そしてこれが今の天神信仰になったのです。



なんかくどい説明になっちゃったヽ(;´ω`)ノ



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