本間精一郎遭難之地碑 | 浮世な世界

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こんにちわ


いよいよ本日からゴールデンウィークですね!


といってもわたくしはバイト三昧で休みが二日しかありませんけど(ノ_・。)


とりあえずその休みの日に上野で開催される写楽てんにでも行ってきます!


こんかいご紹介するのは本間精一郎遭難之地碑です!



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↑見えずらいですが右側に碑があります。


本間精一郎(1834~1862)は越後国三島郡寺泊(現新潟県長岡市)出身の勤皇の志士です。


彼の生家はとても裕福だったらしく、そのおかげで京や江戸に留学し尊皇攘夷の思想に感化されたようです。


江戸では清河八郎(新撰組の前身を作った人物)などと親交を持ったそうです。


彼は、京で薩摩や長州の志士に倒幕論を説いていましたが、疎ましく思われていたそうです。


というのも本間が裕福な家の出、勝気、自分実績を過大するといった性格だったらしく、貧しい出の志士たちにとっては面白くなかったようです。


そして1862年に暗殺されてしまうのです(実行犯には有名な岡田似蔵がいます)。



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↑影が(笑)


維新後は新政府から従五位を与えられています。


暗殺の理由には他にも倒幕派から佐幕派変更したからという説もあります。


幕末は様々な思想、思惑が錯綜していた時代でもありますから、なかなか互いに一致するということは難しかったのかもしれませんね。



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