京都+ちょっと大阪旅行 古高俊太郎邸跡 | 浮世な世界

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先ほどまで歴史秘話見てました。


桂小五郎はやっぱりカッコいいですねwww



本日2回目の記事は古高俊太郎(ふるたかしゅんたろう、1829~1864)邸跡をご紹介します。



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この古高俊太郎、新撰組ファンならご存知かと思います。


そう、あの池田屋事件のきっかけをつくった人物です。



古高は近江出身の攘夷志士です。



京都で、商人になりすまし、同じ志士達に武器や情報提供などをしていました。



1864(元治元)年6月5日早朝、新撰組の隊士が古高の店に乗り込みます。


倒幕派の中心人物だった宮部鼎蔵が古高の店に潜伏していると情報があったからです。


宮部の姿はすでになく、新撰組は古高を連行します。


屯所へ連行された古高は近藤勇の取調べを受けますが、決して口を割ろうとしません。


そこで、副長の土方歳三は、古高を逆さ吊りにして足の裏に五寸釘を打ちつけ、ろうそくをたらすという拷問に近い取調べを行うのです(((゜д゜;)))


これには、古高も耐え切れずついに自白してしまいます。


その内容は、浪士たちが京へ火を放ち、その混乱に乗じて孝明天皇を長州へ連れ去るという計画です。


そして、古高の店からは、武器弾薬や偽造した会津藩の提灯、拉致計画の書類が発見されるのです。



この計画を阻止すべく新撰組はすぐさま池田屋に向かい、計画を未然に防ぐことが出来たのです。


これが後に「池田屋事件」と呼ばれる出来事です。



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↑案内板です。


現在は料亭になっていました。


古道具屋・桝屋の桝屋喜右衛門として、京に潜伏していました。


ただ、彼も幕府側から不振人物としてマークされてたみたいです。




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↑碑もちゃんと立ってあります。


古高はその後獄舎に収容されますが、蛤御門の変で京都全域が炎上すると、逃亡を恐れた役人により斬首されてしまうのです。


享年36歳