でも、きょうわ給料日なので、気分ルンルンです♪
先日、世田谷にある松陰神社に行ってまいりました。
松陰神社はその名のとおり、幕末の思想家吉田松陰(1830~1859)を祀っている神社です。
吉田松陰は、長州の萩で生まれました。
幼い頃から卓越した才能を発揮し、11歳のときに藩主に講義をしたという逸話も残されています。
また、彼は松下村塾を開き、伊藤博文、高杉晋作、木戸孝允、山縣有朋など幕末・明治に活躍する多くの人材を育て上げました。
しかし、彼の思想は幕府に危険視されるようになります。
そして、かの井伊直弼(1815~1860)が安政の大獄を断行し、彼も斬首されてしまうのです。
享年29とあまりに短い人生です。
松陰神社は高杉晋作などの門下生により彼の墓があった場所に造られました。
じつは、彼の墓はもともと小塚原回向院にあったのですが、門下生たちの尽力により長州藩の屋敷があった、現在の松陰神社の地に移されたのだそうです。
↑入り口です
この鳥居は門下生で、幕末の三傑の一人でもある木戸孝允(桂小五郎)によって寄進されたそうです。
↑鳥居をくぐると参道が
一番奥にあるのが社殿です。(社殿の写真撮るの忘れてましたorz)
↑説明は以下のとおり(笑)
↑松陰せんせ~~~い!!!!!
彼は意外と行動派で仲間と東方へ行ったり(大雪の中)、ペリーの黒船に乗り込もうとしたり(もちろん拒否されます)とこの先生、結構ムチャしすぎです( ´艸`)
↑この鳥居をくぐると墓があります
↑これが吉田松陰の墓石です
彼は、幕末の志士の先駆けともいえる存在でした。
しかし、それゆえに若くして死んでしまったのです。
なんとも無念だったことでしょう(ノДT)
29歳はあまりに早すぎますね。しかし、彼の肖像画を見る限りとても20代とは思えん(゜д゜;)
↑彼が主宰した松下村塾です。
といっても本物は萩にあります。い、いきたい!
近くにいたおじいちゃんと少し話したのですが、幕末は若い人たちが本当に頑張っていました。
そして、亡くなるのも皆若いです。いまの日本があるのも、彼ら若者たちの行動力のおかげなのだと
実感しましたね。
実は松陰神社から少し離れた場所に井伊家の菩提寺である豪徳寺があります。
とうぜんかの大老井伊直弼も眠っています。
なんの因果か知らんけど・・・・・・・







