ギリシア神話三姉妹たちの誕生物語ーヘシオドス『神統記』を中心にして | この世は舞台、人生は登場

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有名順に並べて説明した解りやすいブログは「ギリシア神話の三姉妹神」を読んでください。

   復讐の女神エリニュース三姉妹

   狂暴の女神ゴルゴーン三姉妹

   時を司る女神ホーラ三姉妹

   運命の女神モイラ三姉妹

   雅の女神カリス三姉妹

 

  ヘシオドスは、ホメロスよりも少し後の詩人です。紀元前8世紀末から7世紀初頭に活躍したと言われています。彼の『神統記』は、ホメロスの両叙事詩と同じヘクサメトロス(長短短六歩格)という詩型で書かれた1022行から成る叙事詩です。ヘクサメトロスとは、下に例示するように、一個の長音節と二個の短音節が一単位になって、それが六つ重なって一行を形成している詩型のことです。因みに、長音節は短音節を二個と換算することができ、また最終の第6音節は「長+長」でも「長+短」でも良いことになっています。

 

【参考資料】ホメロス『イリアス』序歌の詩行

『神統記』の天地創造

  ヘシオドス『神統記』は、115行から成る長い序歌が詠まれた後、天地創造の神話が次の様に開始されます。

 

  本当に本当のこと、一番初めにカオスが生まれた。しかしその後、広い胸をしたガイア(が生まれた)、それは、雪に覆われたオリュムポスの頂きを領有するすべての不死なるものたちの揺らぐことのない不動の住処でもある。次は、道幅の広い大地の最底部で薄暗いタルタロス(が生まれた)。そして(次に生まれたのは)エロス、そのものは不死なる神々の中で最も美しく、四肢の力を奪うものと呼ばれ、胸の中の理性や思慮深い意志を無力化しています。(『神統記』116~122、筆者訳)

  ヘシオドスは、宇宙の初めをあらゆる可能性を含んだ混沌「カオス」に求めています。そのカオスから地上界ガイアと地下界タルタロスが生まれ、あらゆるものを出産する根源になるエロスが生まれました。後世において、エロスの誕生に関しては、アプロディーテの子供説が人気を博してきましたが、ヘシオドスでは原初の神になっています。

 

天地創造者

 

  キリスト教では、「神」を宇宙の原初と考えて、次の様に天地創造を描いています。

 

  はじめに神は天と地とを創造された。地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。神は「光あれ」と言われた。すると光があった。神はその光を見て、良しとされた。神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。第一日である。神はまた言われた、「水の間におおぞらがあって、水と水とを分けよ」。そのようになった。神はおおぞらを造って、おおぞらの下の水とおおぞらの上の水とを分けられた。神はそのおおぞらを天と名づけられた。夕となり、また朝となった。第二日である。(『創世記』第1章1~8、日本聖書協会版)

 

  聖書には、神がどこでどの様にして誕生したか、という疑問は存在しません。宗教色の強い旧約の神話では、神を原初的存在に設定する必要があるので当然といえます。神を万物の創造主と考え、宇宙もわれわれ人間も神によって造られたと信じさせることが、キリスト教信仰の根源です。ギリシア神話では、神々もわれわれ人間も「混沌」の中から自然発生的に現れ出たと考えています。そのことは、私たちの日本神話でも同じです。我が国の天地創造の原初の話は、『古事記』に次の様に書かれています。

 

  宇宙の初め、天も地もいまだ混沌としていた時に、高天原(たかまのはら)と呼ばれる天のいと高いところに、三柱(みはしら)の神が次々と現れた。初めに、天の中央にあって宇宙を統一する天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)。次に、宇宙の生成をつかさどる高御産巣日神(タカミムスビノカミ)。及び、同じく神産巣日神(カミムスビノカミ)。これらの神々は、みな配偶者を持たぬ単独の神で、姿を見せることがなかった。(『古事記』上位、宇宙の初め、福永武彦訳)

 

  ギリシア神話では、混沌の中から最初に生まれたものは、生成されたものが存在するために必要な大地「ガイア」です。そして次に誕生したものは、生成を促すものである愛「エロス」です。ギリシア神話のエロスに相当する日本神話の存在(カウンターパート)が、タカミムスビノカミとカミムスビノカミであると言えます。であるならば、オリュムポスは、当然に「高天原」と言うことになります。日本神話とギリシア神話の類似点は、明治時代から多くの研究者によって語り尽くされています。

 

最初に誕生した復讐の女神エリニュース三姉妹

  カオスからエレボス(幽暗)とニュクス(夜)が生まれました。そして次にエレボスとニュクスの間からアイテール(空気)とヘーメレー(昼)が生まれました。またガイア(大地)の方は、星に満ちたウラノス(天空)と波の荒いポントス(海)を産みました。さらにガイアは、自分の息子ウラノスとの間に荒波の深いオーケアノス(大洋)を産みました。さらにその後も、後にティターン神族と呼ばれる神々を次から次へと出産して、ついに末子クロノス(時間)を産みました。その乱暴息子クロノスの悪さによって、いよいよ狂女エリニュースたちが生まれることになりました。

 

エリニュース三姉妹の誕生

 

  エリニュス誕生の模様は、ヘシオドス『神統記』(176~187)に描かれています。 クロノスは乱暴者で、夜に、父ウラノス(天空)がガイア(大地)と交わろうとしたとき、父親の性器を切り落としました。その血をガイアが受けとめて、その血から「強力なエリニュース」と「巨大なギガース」が誕生しました。

 クロノスがウラノスの性器を切り取って、その血をガイアが受け入れる様子は、「血の雫が噴き出てくれば出て来るだけ、すべてをガイアは受け入れた」と描いています。

『神曲』の中のエリニュスたち

 

  塔の頂は赤く燃え、三人の血に染まった地獄の復讐の神がすばやく起きあがった。その容姿や挙措は女らしく、腰には濃緑の海蛇を帯にまき、頭は小蛇や角蛇が生え、恐ろしい形相でこめかみにまきついていた。 (『地獄篇』第9歌36~42、平川祐弘訳)

 

  見ろ、凶悪無残なエリニュスたちだ。左手にいるのはメガイラ、右手で泣いているのはアレクト、ティシポネは中央にいる。(『地獄篇』第9歌45~48、平川祐弘訳)

 

エリニュースの妹?アプロディーテーの誕生

 

 エリニュースの誕生に続いて、アプロディーテーが生まれます。その様子は次の様に描かれています。

 

  (クロノスは)まず初めに鋼鉄でもって(ウラノスの)性器を切り取って、陸地から波立っている海の中へ投げ落とした。するとすぐ、それ(性器)は多くの時間を海洋を漂っていたが、その周囲に光り輝く白い泡(アプロス)が不死なる海の表面から湧き上がっていた。(『神統記』188~191)

  ギリシア語に対する注釈:

  現代において古代ギリシア語を学ぶには、二種類の方法があります。古代ギリシア文化全盛時の文学や哲学を研究したいと思っている人は、アテネを中心に使われていた「アッティカ方言」のギリシア語を習得します。一方、聖書研究を志している人は、標準語「コイネー」を習得します。しかし、ホメロスを読みたいと思っている人は、基本的には「アッティカ方言」を習得しますが、それだけでは不十分です。日本語で喩えるならば、現代国語で『源氏物語』を読むのと同じです。上の単語分析の中の《古形》と注釈を付けた単語は、古代ギリシア語の古典語に当たる《ホメロス方言》とか《叙事詩方言》と呼ばれる語形です。

 

  ただし、ホメロスでは、アプロディーテーはゼウスとディオーネーとの娘になっています。アプロディーテーの息子でトロイアの王子アイネイアース(ラテン語:Aeneas)がギリシアの豪傑ディオメーデースに討ち取られようとした時に助けに入りました。しかし、アプロディーテーは、そのギリシアの英雄に槍で刺されて傷つき、オリュムポス山へ逃げて帰ります。(アイネイアースとディオメーデースとの一騎打ちとアプロディーテーの治療の場面は、『イリアス』第5巻166行から431行で描かれています。

その場面の中で、「ゼウスの娘アプロディーテー」とよび、

神々しいアプロディーテーは彼女の母のディオーネーの膝に倒れ込んだ」と言ってます。

 

狂暴の女神ゴルゴーン三姉妹

 ヘシオドス『神統記』ゴルゴンに関する記述

  そしてまた、ケートー(ポントスとガイアの娘)は、ポルキュス(ポントスとガイアの息子)との間にゴルゴンたちを産んだ。彼女たちは、誉れ高いオケアノスの彼方で夜の最果ての近くに住んでいる。その場所には、澄んだ声のへスペリス(夕べの女神)たちがいる。また、ステンノーやエウリュアレーや悲惨な死を受けたメドゥーサもいる。彼女(メドゥーサ)は死すべき存在であり、彼女たち二名(ステンノーやエウリュアレー)は不死で歳を取らない存在であった。

  濃青色の髪をした神(ポセイドン)は、一人の方(メドゥーサ)と、柔らかな草むらと春の花々の中で添い寝した。まさしくペルセウスが彼女(メドゥーサ)の首を切り落とした時、巨体のクリュサオールと天馬ペガサスが飛び出した。(『神統記』274~281、筆者訳)

 

参考資料:ダンテが愛読した「メデゥーサ神話」は、オウィディウスの『転身物語 (Metamorphoses)』の第4巻753~803であると言われています。

 

 ダンテ『神曲』の『地獄篇』第9歌には、ディーテの城の門前で復讐の女神エリニュースの出現の後でメデゥーサが登場します。

第5圏谷を構成しているスチュクス川を渡った所にディーテの城門があり、その先が第6圏谷になっています。下に添付しましたダンテの『地獄編』にそった地獄地図を参照。

 

 『神曲』の中では、ウェルギリウスが、ダンテにメドゥーサへの対処法を教えました。

 

  後ろを向いて、両目をジッと閉じておれ。もしゴルゴンが姿を現し、君がそれを見ようものなら、もう地上へは戻れなくなるそ。(『地獄篇』第9巻55~57、筆者訳)

 注:平川訳では「もしメドゥーサが現れて」と訳されていますが、原詩は「もしゴルゴンが姿を現すならば(se ’l Gorgón si mostra)」となっています。なぜ、ダンテが女性名詞(Medusa)ではなく、男性名詞「il Gorgón」といったのかは不明です。「メドゥーサの首」を意味しているというのが一般的な解釈です。

 

ゴルゴンのメドゥーサ登場

  ウェルギリウスがダンテの両目を手のひらで塞いでいる間に、スチュクスの濁った沼の中からメドゥーサが登場しました。その模様は次の様に描写されています。

 

  するとたちまち濁った波の上に、世にも恐ろしい物音が砕け散るように轟きわたり、両の岸はぐらぐらと震えた。それはさながら寒気と熱気とがぶつかって、疾風が発する物音に似ていた。縦横無尽に森を叩きのめし、枝を折り、幹を砕き、小枝を飛ばす。昂然と進むその行く手には埃が巻き起こり、獣も逃げる、牧童も逃げる。(『地獄篇』第9歌64~72、平川祐弘訳)

 

時を司る女神ホーラ三姉妹

 

  ゼウスは、ティタン神族と戦った10年戦争に勝利して、オリュムポス神族を確立して、その主神になりました。そして、最初の妻メーティスとの間にアテネ女神が誕生しました。次ぎに、二番目の妻テミスとの間にホーラ三姉妹とモイラ三姉妹が生まれた。また、三番目の妻エウリュノメーとの間にカリス三姉妹が生まれた。まず、それらの中の最初に生まれた三姉妹季節の女神ホーラたちについて見てみましょう。

 

ヘシオドスの記述

  ホーラたちは、死すべき人間たちの日課のことを気にかける。(『神統記』903)

 

  ホーラ三姉妹は、時間と季節を司る女神として有名ではありますが、なぜか特別な神話を持ってはいません。ただ、芸術家たちからは好んで描かれましたが、物語として創作されることはなかったようです。

 

運命の女神モイラ三姉妹

 

ヘシオドスの記述  モイラたち

は、死すべき人間たちへ善であるものと悪であるものを与える。 (『神統記』905~906)

ゼウスよりも強いモイラ

 統治者ゼウスは、彼女(モイラ)たちへ最高の権限を与えた。(『神統記』904)

ホメロスの描くモイラ

  モイラは、すでにホメロスにおいても登場していて、主神ゼウスでも従わざるを得ない存在になっています。そしてヘシオドス以後も、多くの神話や伝説が作り出されてきました。ホメロスに登場する箇所を紹介しておきましょう。

 

  アキレウスとアガメムノンが和解する場面の中で、アガメムノンがアキレウスからブリセイスを奪った言い訳をする言葉の中で次の様に描かれています。

 

  いかさま度々、アカイア人がこの話を私にしかけて、私を咎めたてしたもの、だがその張本人は私ではなく、あのゼウス神と、運の女神モイラと、靄をさ迷うエリニュースだ、その神々が、会議の座で、私の胸にひどい迷いをぶち込んだもの、アキレウスにやった褒美を、私が自身取り返したその日のことだが。(『イリアス』第19巻85~89、呉茂一訳)

 

アキレウスとヘクトルの一騎打ちの場面では:

 

  いよいよ四度目に噴泉(ふきいずみ)のところに二人が来たおり、まさしくその折、父神は、黄金づくりの秤を差し延べ、中に二つの、長い苦悩のもとである死の運命を置きたもうた、一方はアキレウスの、もう一方は馬を手ならすヘクトールの。して秤の真ん中をとりあげたまえば、ヘクトールの運命の日が下がって、冥王の府に向かったもので、ポイボス・アポロンは、彼を離れた。(第22巻208~213、呉茂一訳)

 

  運命と糸との関連は、すでにホメロスにおいて描かれています。

 アイネイアスと戦うアキレウスについて女神ヘラの言葉:

 

  彼の誕生の時、運命(アイサ、aisa)が糸を紡いだところのものは、何なりと彼は受けるであろう。 (第20巻127~128)

 

 息子ヘクトールの死を嘆くヘカベの言葉:

  あの子の誕生の時に、強引な運命(モイラ)は、あの子にこうした糸を紡いだ (第24巻209~210)

 

雅の女神カリス三姉妹

ヘシオドス『神統記』に描かれたカリスの誕生

 

 オケアノスの最愛の娘エウリュノメーは、ゼウスのために三人の美しい頬をしたカリスを産んだ。 (『神統記』907~908)

  その(カリスたちの)はっきりものを見る瞼から四肢の力を奪う恋が滴り落ちていた。(『神統記』910~911)

  季節の女神ホーラと同様に、カリス三姉妹も神話・伝説が存在していません。ボッティチェリ (Sandro Botticelli)の『春 (Premavera)』に描かれている三人の女神が、カリス三姉妹だと言われています。

 

 ヘシオドスの『神統記』以外に描かれた三姉妹については、『ギリシア神話の三姉妹神』を参照してください。

 

〔付録〕

  ギリシア神話とローマ神話では、同じ神でも名前が異なります。そのことは、ウェルギリウスが『アエネイス』の序歌で、トロイアからローマに移り住んだとき「神々をラティウムへ移し入れた(inferret deos Latio)」と詠んだ事柄でしょう。その序歌の全文は次の様に表現されています。

 

  戦いと男について私は歌う。その男は最初にトロイアの岸からイタリアへ神意によって逃れて、ラウィニアの浜へやって来た。彼は、神々の力により、また酷いユーノの執念深い怒りのために、大いに陸と海をさ迷わされた。そしてまた、戦争によって多くのことを耐え抜いて、ついに都を建造して、神々をラティウムへ移し入れた。そして、そこからラティウムの血族が、アルバの祖父たちが、そしてまた誇り高きローマの城郭が出た。 (ウェルギリウス『アエネイス』第1巻1~7、筆者訳)

 

  ウェルギリウスも、言語は異なりますが、ホメロスと同じヘクサメトロス(長短短六歩格)で書かれていますので、その韻律を付けた原詩を下に添付しておきます。

 

  ギリシア神話をローマに移入するとき、古来よりイタリアに存在していた土着の神の中に機能の似たものがあった場合は、名前はローマのものを、神話はギリシアのものを使いました。ギリシア神の中でローマに該当する神がないときは、そのままギリシア名とその神話を使ったと言えます

ティタン神族と似た役割のオリュムポス神族   

      ウラノス(天空神)ゼウス

      ガイア(大地女神)  デーメーテール

      オーケアノス(大洋神)ポセイドーン

      ヘリオス(太陽神) アポロン

      クロノス(時を司る神) ホーラたち