エウリピデス『バッコスの信女たち』第1エペイソディオンとスタシモン | この世は舞台、人生は登場

この世は舞台、人生は登場

ブログの説明を入力します。

〔翻訳〕バッコスの信女たち

 

目次

『バッコスの信女たち』プロロゴス

『バッコスの信女たち』パロドス

『バッコスの信女たち』第1エペイソディオンとスタシモン

『バッコスの信女たち』第2エペイソディオンとスタシモン

『バッコスの信女たち』第3エペイソディオンとスタシモン

『バッコスの信女たち』第4エペイソディオンとスタシモン

『バッコスの信女たち』第5エペイソディオンとスタシモン

『バッコスの信女たち』エクソドス

 

 

 

第1エペイソディオン

 

(盲目のテイレシアス、少年に手を引かれて登場。手には霊杖を持ち、長衣の上には鹿皮をまとい、頭には蔦で編んだ冠をつけている。)

 

 

テイレシアス

 誰か門番はおらぬか。奥へ行って、カドモス殿を呼んで来てはくれぬか。あのお方は、アゲノル王の子として遠いシドンの国でお生まれになったが、訳あってこの国に来られて、このテーバイの都を築かれたお人じゃ。

 さあ、誰か奥へ行って、テイレシアスがお目通りしたいとお伝えしてくれ。あのお方も、わしがここへ参った訳はご存じのはず。この年寄りはな、もっと年寄りのカドモス殿と逢う約束ができているのじゃ。こうして、バッコスの杖を携え、子鹿の皮をまとい、頭には蔦の若枝をつけて参った訳も、あのお方は、もうご存じのはずじゃ。(177)

 

(カドモス、城門から登場)

 

カドモス

 やあ、テイレシアス、待っておったぞ。お主のような賢者が話す英知に満ちた言葉というものは、館の奥にいたとて、すぐに分かるものじゃ。だから、ほれ、この通り神の衣装をまとい、用意万端整えて出て参ったのだ。ディオニュソスは、わしの娘から生まれた子ではあるが、神として人間たちの前に現れたのじゃから、わしらの力の及ぶ限り、あの子の後ろ盾となって、神としての威光を大きなものにしてやらねばならぬ。さて、どこで踊りを舞えばよいのかな。どこまで歩いて行き、この白髪頭を振ればよいのかな。同じ年寄り同士じゃが、テイレシアスよ、お主は患者じゃ、道案内を頼むぞ。このバッコスの杖で地面を打ち鳴らせば、夜も日も徹して踊りあかしたとて疲れることはないそうな。老いの身を忘れさせてくれるとは、愉快ではないか。

 

テイレシアス

どうやら殿も、わしと同じ気持ちになりなさったようじゃな。わしじゃとて、まだまだ若いですわい、踊り回るつもりでおりますぞ。(190)

カドモス

それでは、馬車を仕立てて山奥まで参ろうとしようかのう。

テイレシアス

 いや、乗り物などを使っては、神に敬意を払うことにはなりませんぞ。

カドモス

 それでは、お互い年寄り同士じゃが、目の見えるわしの方が増し、お主の手を引いて進ぜよう。

テイレシアス

 神は、この老いぼれふたりに何の苦労もさせず、その場まで導いてくださいますぞ。

カドモス

 テーバイの者たちの中でバッコスに舞を奉納するのは、わしらふたりだけであろうか。

テイレシアス

 道理をわきまえているのは、ふたりだけでございましょうな。他の者は、物分かり悪い連中ばかりですわい。

カドモス

 ずいぶん手間を取ってしまったようじゃ。さあ、急がねば、わしの手につかまるがい。

テイレシアス

 よろしゅうございすかな。では、手をしっかりつないでくだされや。

カドモス

 わしは人間の身じゃ、神々をないがしろにはできぬ。

テイレシアス

 神の力にかかれば、われら人間の知恵など役にはたちませぬ。(200)

 先祖代々伝えられてきたしきたりというものは、時がこの世に刻まれ初めし昔から、われわれが守ってきたもの、いかなる雄弁をもってしても、それを覆すことなどできはせぬ。たとえ優れた頭脳から優れた知恵を絞り出そうとも、それを覆すことはできませぬのじゃ。このわしが、蔦冠を頭にかぶり踊りに出掛けるのを見て、おのれの歳も弁えぬ恥知らず者よ、と世間は物笑いにするかもしれぬ。じゃが、それはお門違いというもの、バッコスの神は、踊り踊るのに、若者であろうが年寄りであろうが差別などなさらぬ。ありとあらゆる人間たちから、ひとしく神として崇められることをお望みなのじゃ。老いも若きも皆こぞって、神の栄光を高めてくれることをお望みなのですぞ。(209)

カドモス

 テイレシアスよ、お主は目が見えぬ預言者ゆえ、目に見えることは、わしがお主の預言者になって進ぜよう。ほれ、ペンテウスが急ぎ足でこちらの方へやって来ましたぞ。わしがこの国の王位を譲り渡したエキオンの子ペンテウスが来ましたのじゃ。たいそう慌てふためいておるわい。とびきり目新しい出来事でも知らせるつもりであろうか。(214)

 

(カドモスとテイレシアス、舞台の隅に退く。ペンテウス、数人の兵士を連れて登場)

 

ペンテウス

 たまたま俺が国を留守にしていた隙に、怪しげな宗教が国中にはびこってしまった。女どもは、家の仕事をないがしろにして、いかがわしい乱交騒ぎに熱中しているそうな。しかも、山の中でも木の茂った所ばかりを選んでうろつき回り、ディオニュソスと名乗る得体の知れぬ奴を、新しい神だと崇め祭って、舞を奉納しているということだ。そればかりか、その女たちは、群れの真ん中に大きな酒がめをどっかと据え付けて、ひとりひとり勝手に酒をあおっては人気のない茂みの中へもぐり込み、女に飢えた男どもに奉仕しているだけなのに、おのれらのことを、バッコスに身も心も捧げた巫女だなどと、もっともらしい理屈をつけているようだ。しょせん、そのようなものは、バッコスの名を借りてアプロディーテのお祭をしているだけだ。(225)

 捕らえた女どもは、かたっぱしらから鎖で手をうなぎ、牢獄に押し込めて番兵に見張らせてある。あいにく取り逃がした女もいるが、いずれ、ことごとく山から引きずり降ろしてやる。それが誰だとて容赦はせぬ。イーノー伯母上だとて容赦はせぬ。どの女も鉄格子の中に閉じ込めて、バッコスの祭などという世間を乱すどんちゃん騒ぎは、そっこくやめさせてみせるぞ。(232)

 聞くところによれば、あやつは、リュディアからやって来た余所者で、怪しげな妖術を使う魔法使いらしい。金色(こんじき)に輝く髪の毛から芳しい匂いを出し、頬はほんのりと赤みを帯び、ふたつの瞳にはアプロディーテの優雅さがただよい、昼であろうが夜であろうがお構いなしに、バッコスの奥義を伝授する儀式だとそそのかして、若いおなごたちといかがわしい行為に及んでいるということだ。あ奴をひっ捕まえて、この館に連れて来たら、俺はあ奴の胴体から首を切り離して、魔法の杖とやらを打ち鳴らすことも、髪の毛を振り乱すことも、二度と再びできなくしてやるぞ。(241)

 あ奴は、自分がディオニュソスという名の神だなどと言いふらし、おまけに、むかし、ゼウスの太股の中に縫い込まれたなどとほざいているそうだが、あ奴があの時の赤子なら、あの者の母親がゼウスと契りを結んだなどと嘘偽りを申し立てたかどで罰を受け、母子もろとも、稲妻の光に焼かれて灰になったはずだ。たとえあの余所者が誰であれ、このような不埒な言動に及んだ罪は、残酷な縛り首に値するものだ。(247)

(二人の老人に気づく)

 おやおや、どうしたことだ。もう一つ奇妙なことが起こっているぞ。ほれ、予言者のテイレシアスが、あのようにけばけばしい水玉模様の鹿の皮などまとっているではないか。おまけに母上の父親殿までも、棒切れなど持ってバッコスの信者ごっこをしているとは、何というお笑い種だ。これこれ、お祖父(じじ)様、あなたのようなご老体が正気をなくした姿など見られたものではございませんよ。蔦の葉っぱなど取ってしまいなされ。そのような棒切れなど捨てて、手を楽にしてやりなされ。さあ、お祖父様。(254)

(テイレシアスに向かって)

 このようなことをしろと唆したのはお主であろう、テイレシアス。お主は、あの新しい神とやらの信仰を民衆の中に持ち込んで、鳥占いでも押っぱじめるつもりか。それとも、生贄の獣を日にくべて占いをやり、それで報酬でもせしめるつもりであろう。白髪頭の年寄りでよかったな。お主が年寄りでないなら、いかがわしい邪教を広めた罪で、今頃はもう鎖につながれ、バッコス狂いの女どもの真ん中に座って身動きもとれずにいるところだ。俺は声を大にして言っておくぞ。女たちが食卓で酒を飲むなどということは、不届き千万である。そのようなことを儀式として奨励する宗教が健全であるはずがない。(262)

コロス長

 神を畏れぬお言葉だこと。異国の王よ。あなた様は、神々を敬わぬどころか、竜の牙を大地に蒔いて武将たちを生まれさせたというカドモス様までも敬わぬおつもりか。あなた様は、その武将のひとりエキオン様の御子であられるのに、ご自分の一族の名誉を汚そうとなさるのですか。

テイレシアス

 頭さえ良ければ、自分の述べたことに対して雄弁を振るうことぐらい何の雑作もないこと。あなた様も、いかにも俺は賢いぞと言わんばかりに、立て板に水の雄弁を振るっておいでじゃが、悲しいかな、あなた様の雄弁には思慮分別というものが欠けておりますのじゃ。おのれを過信して、自分の考えを他人に押し付けるだけで思慮分別を持たぬような雄弁家は、国を危うくするものでありますぞ。(271)

 あなた様が笑いものになさっている新しい神は、わしの霊能力をもってしても予言することができぬほど大きな力を、このギリシア全土で持たれることになるのですぞ。よろしいかな、若君、人間にとって何よりも尊いお方がお二人おいでになられます。まずお一方(ひとかた)は、女神デメテル様でございます。そのお方は、またの名を大地女神ゲー様と申されますので、その二つの名前なら、どちらで呼んでも構いませぬ。その女神は、穀物など乾いた食物で人間を養い育ててくださいます。さて、もうお一方は、デメテル様よりも後にこの国にお出でくだされた神でございましてな、そのお方こそ、乾いた食物と調和が取れるようにと、葡萄から液状の飲み物を作り出して、人間に与えてくだされたセメレの御子息様のことでござる。その葡萄の酒は、ひとたび身体中に回ると、たちまちにして苦しみ悩む人間から苦悩を取り除き、眠りを与え、日々の辛い出来事を忘れさせてくれますのじゃ。悩み事に効く特効薬は、酒をおいて他にはござらぬ。酒はディオニュソスご自身なのじゃから、わしたちが神々に御神酒(おみき)を注いでいるのは、取りも直さず、ディオニュソスご自身を注いでいることに他なりませぬ。じゃからのう、そのように御神酒を注いで、わしたち人間が神々から恵みを受けているのは、まさしくディオニュソス様のお陰ということになるのですぞ。(285)

 その様な神を、ゼウス大神(おおかみ)の太股の中に縫い込まれたなどと言って、茶化しておるつもりかな。それでは、この爺(じい)が、本当のことを教えて進ぜましょうかな。ゼウス大神は、稲妻を受けて燃えさかる炎の中より、生まれたばかりの赤子を取りだすと、オリュムポスへ連れて昇られたのじゃ。ところが、奥方であられる女神ヘラ様が、その赤子を天から投げ落とそうとなされたので、ゼウス様は、まさに神ならではの対抗策を講じられたのじゃよ。(291)(文末の付録を参照)

 父神様は、この大地を取り巻いている大空の一部を引きちぎると、それでディオニュソス様の姿を作り、人質としてヘラ様に差し出したのじゃ。本物の方はというと、ニューサの山に住む妖精たちにお預けになり、奥方の敵意からお守りなされたのじゃよ。ギリシアの言葉では、太股のことを「メーロス」と言い、人質のことを「ホメーロス」と言うので、お互い二つの言葉はよく似ている。そこで、ディオニュソス様は、ヘラ様に人質ホメーロスに差し出されたということが真実であるにもかかわらず、やがて時代とともに、人々は双方の言葉を入れ換えて話を作り上げ、ディオニュソスはゼウスの太股メーロスの中に縫い込まれた、と言うようになったわけじゃ。(297)

 さらにあの神は、予言を司ることもなされますぞ。人間は、陶酔状態や興奮状態が絶頂に達すると、思いもかけぬ大きな予言の力を持つことがあるものじゃが、それはバッコス様が激しい勢いで人間の肉体に乗り移り、忘我の境地にさせておいてから、その人間に未来のことを語らせるためなのじゃよ。さらにまた、あの神は、戦神(いくさがみ)アレス様の役割の一部を担っておられますぞ。武器をかまえ、いざ戦いという時になって、軍勢がとつぜん恐怖に襲われ、槍も交えぬうちに逃げ出すことがありますな。それは、バッコス様が皆に狂気を吹き込まれるせいなのですぞ。やがてあの神が、デルポイの岩山や双つの峰を持つパルナソスの高原を松明を掲げて跳び回り、ついにギリシア全土で、偉大なる神よ、と崇められ、バッコスの杖を高々と振りかざす日が訪れましょう。さあ、ペンテウス様、この爺の忠告を聞きなされ。力だけが民衆を支配するなどと思い上がってはなりませぬぞ。また、いかに若君が頭をしぼって考えたとて、考え出された思想が健全なものでないのなら、自分を良識ある人間だなどと思い込んではなりませぬ。ご自身の誤りは素直に認め、あの神をこの国へ受け入れなされ。御神酒を注ぎ、蔦冠をかぶり、バッコスの信者になりなされ。(313)

 たしかにディオニュソス様は、恋する女たちに性の欲望を慎めなどと出過ぎたことは言われませんが、いついかなる場合も、慎み深いかどうかは、持って生まれた素性によるもので、神のあずかり知らぬことだとお考えあれ。じゃによって、バッコスの祭に加わったとて、身持ちの堅い女が身を持ち崩すなどということはござらぬのじゃ。

 民衆がこぞって、この城門に押し寄せ、ペンテウス様、ペンテウス様と名を呼んで、若君を褒め称えるならば、どれほど嬉しいことか、若君にもお分かりになられよう。神だとて同じこと、多くの者から敬意を受ければ、ご満悦になられることは必定。カドモス様とこのわしが、蔦冠をつけてバッコスの祭に加わることを、あなた様はからかっておいでじゃが、このような白髪頭でも、神を敬うためならば、踊りを踊らねばならぬのじゃよ。あなた様の言葉に惑わされて、神に弓引く真似などできませぬわい。若君の乱心は、薬では治せぬほどの重症じゃ。いや、それとも悪い薬を飲まされて乱心しておいでかな。(327)

コロス長

 ご老人、そのお言葉は、あなたが仕えるポイボル・アポロン様の名を汚さず、我らの神、偉大なるバッコス様に敬意を表した慎み深いお言葉。

カドモス

 ペンテウスよ、テイレシアスの忠告は、まことに道理にかなっておるぞ。時勢に逆らうのは止めて、わしたちと一緒に来るのじゃ。今のお前は、心が浮ついていて、まともに考えることなどできはせぬ。お前の言う通り、あの者が神ではないとしても良いではないか、神と呼んでおくのじゃ。わしたちの名誉になれば、たとえ嘘でも、神と言っておけばよいのじゃ。そうしておけば、お前の叔母にあたるセメレが神を産んだことになり、我ら一族にとって名誉になることじゃ。(336)

 アクタイオンの惨たらしい最期の様子を、お前も知っておろうが、キタイロンの山中でのこと、狩の腕前にかけてはアルテミス女神様よりも自分の方が上手だ、などと大口をたたいたかどで、自ら育てた猛犬どもに八つ裂きにされたお前の従兄アクタイオンのことじゃ。お前も同じ羽目になってはならぬ。さあ、この祖父(じい)が頭に蔦冠を載せて進ぜよう。よいな、わしらと一緒にあの神を崇拝するのだぞ。(342)

ペンテウス

 手に触れないでくだされ。どこへなりとも好きなところへ行って、バッコスの阿呆踊りをしたければ、勝手になさるがよい。だが、自分の愚劣な道楽を俺にまで押し付けるのは止めてくれ。そんな馬鹿げた道楽をあなたに教え込んだテイレシアスめには、正義の鉄槌を下してやる。(兵士に向かって) おい、誰でもよい、こ奴が鳥占いをする祈祷所へ行って、棍棒で占い道具を叩き潰すなり、ひっくり返すなりして、二度と使い物にならぬほど壊して参れ。しめ縄なんぞは、そよ風であろうが大風であろうが、吹きさらしにしておけばよい。何よりもそうしてやることが、この老いぼれを痛めつけることになるのだ。

 残りの者は、国中をくまなく捜索して、女どもを奇怪な流行病(はやりやまい)にかけた、あのなよなよとした異人を捜し出せ。捕らえた縄を打って、すぐさまここへ引き連れて参れ。さすれば、おのれがテーバイに流行らせた乱痴気騒ぎの苦い結末を噛みしめながら、石打の刑を受けて死ぬことになろう。(357)

(兵士たち、舞台の上手と下手に分かれて退場。ペンテウス、館の中へ退場)

テイレシアス

 哀れなお人じゃ。ご自分がどれほど恐ろしいことを口にしたのか、分かってはおられぬとみえる。とうとう、気が狂ってしまわれたようじゃ。いや、あの方の乱心は、今に始まったことではのうて、もうずっと前からのことであったわ。

 さあ、カドモス様、わしらは出掛けるとしましょうかのう。この国に災いを起こさぬようにと、バッコス様にお願いしなければなりませぬからな。それに、訳の分からぬことを言うお人でも、われらの王には違いないのじゃから、ペンテウス様のためにもお祈りすることにいたしましょう。さあ、蔦の杖を持って、一緒にお出でなされや。わしの身体を支えてくださらぬかな。わしも殿の身体を支えますほどに。ふたりの年寄りが、そろって尻餅をついた格好などというものは、見られたものではございませぬからな。それに、尻餅をつこうが、せねばならぬことはせねばならぬこと、ゼウスの御子バッコス様の儀式にだけは、どうしても参列せねばなりませぬ。この国の言葉で「不幸」のことを「ペントス」と言いますが、それによく似た名前を持つペンテウス様が、この館に不幸をもたらすことにならなければよろしいのですが。このことは、予言によって申しているのではのうて、あのお方の行いを見て申しているのですぞ。自分の愚かさに気付かず、愚かなことを申されますからな。(369)

(カドモスとテイレシアス、少年を従え退場)

 

第1スタシモン

 

コロス(正歌1)

神々の女王と呼ばれる神の尊厳よ、

黄金の翼に乗り大地を翔(かけ)めぐる神の尊厳よ、

お聞きになられましたか、

先ほどのペンテウスの言葉を

セメレのバッコス様に浴びせた冒涜を。

絢爛たる花に囲まれた神々の宴の中でさえ

ひときわ快活なるバッコス様に対したてまつり、

ペンテウスが吐いた暴言を

御身はお聞きになられましたか。

葡萄酒の光沢が神々の食卓を飾り

酌み交わす杯が人間に快い眠りを与える

蔦の祭典の日に、

われら人間が踊りの輪に加わり

笛を奏でて陽気に笑い

浮き世の憂さを晴らすのは、

これすべてバッコス様のお陰ぞ。(385)

 

コロス(対歌1)

言葉を慎まず

浅ましくも法を乱せば、

その行き着くところ不幸あるのみ。

だが日々を穏やかに過ごし

心安らかに保てば、

厄難から逃れ、家族は円満。

天の神々は天空の彼方におわすが、

人間の所業などすべてお見通し。

小賢しい知恵は真の知恵にあらず、

人間の身を弁えぬ思い上がった知恵は知恵にあらず。

人の命は短いものゆえ

手に余るものを手にしようとすれば

手近なものまで手につかぬもの。

その過ちは、

気が触れた者たちや

偽りの教えを吹き込まれた者たちが

犯しやすい過ち。(401)

 

コロス(正歌2)

ああ、我らは行きたや、

愛の女神アプロディーテ様が憩い

恋の狩人エロスたちが集う

魅惑の島キュプロスへ。

雨もないのに水を湛えた

異国の川ナイルが大地を肥やす

豊穣の町パポスへ。

さもなくば、ディオニュソス様よ、

我らが神ブロミオス・バッコス様よ、

聖なるオリュムポスの麓に広がる

ムーサたちの麗しき古里ピエリアへ

我らをお連れくだされ。

そこには、憧れの神ポトス様がいる。

そこには、我らバッコスの信女らが

心ゆくまで祭典を祝い慶ぶ自由がある。(419)

 

コロス(対歌2)

賑やかな宴の席をお気に召す

ゼウスの御子バッコス様は、

若い命を育み、幸せもたらす

平和の女神エイレーナ様には

ことのほかご熱心。

富める者も貧しき者も分け隔てなく

この世の悩みを取り除き

酒の喜びお与えくださる。

ところが神は

昼も夜も楽しく幸せに過ごさぬ者や、

不埒な輩(やから)に唆されて

心正しく保たぬ者を

いと不愉快に思し召す。

皆が皆、守り従う習わしなれば

我らとて進んで守り従わん。(433)

 

 

付録 〔ギリシア語の原文を体験〕

 

   292行目から297行目までの翻訳は、解説に近い意訳をしておきました。この箇所は、293行目と294行目の間に、1行分が欠損していると言われています。現代までいろいろな研究者によって、欠損部が補われてきましたが、その候補を挙げておきます。『バッコスの信女たち』という作品には、その他にもかなり多くの欠損部がありますが、この私の翻訳では、私の独断と偏見で欠損部分を埋めておきます。

 

〔直訳〕 293行目から297行目

(ゼウスは)大地を覆っている天空のある部分を引きちぎって、それで引き渡すための人質を作った。「(甲の訳)そしてそれをニューサ山の若妻たちに与えて守った、(乙の訳)そしてそれを山の女神たちに与えて守った、」ディオニュソスをヘラの虐待から。神(ゼウス)は、その時、ヘラに人質として差し出したので、人間たちは、名前を取り替えて、物語を作り上げて、ゼウスの太腿の中へ縫い付けられた、と言っている。