アメリカ大統領選挙の勝者独占方式 | この世は舞台、人生は登場

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大統領選挙表紙

勝者独占方式( Winner-Take-All)

 
アメリカ大統領の選挙制度の中で、最も難解で矛盾に満ちた制度は「勝者独占方式」というものでしょう。ジョージ・ワシントンやジョン・アダムズやトマス・ジェファーソンを選出していた建国当時ならば、この制度は合理的であったかもしれません。交通網と言えば、ニューヨークとフィラデルフィア間を2,3日もかけて移動した駅馬車の時代には、選挙人という選ばれた代表者が大統領を選出するのは合理的でした。すなわち、有権者ひとりひとりの投票を集計して、それを首都まで届けるのは容易ではありませんでした。しかし、現代のように情報・交通網が発達した時代には、これほど矛盾に満ちて、民衆の意思を反映しない制度はありません。


選挙人の定数

 各州に割り当てられた選挙人の定数は、憲法第2条1節2項で次のように明示されています。

 各々の州は、その州の議会が指定する方法で、その州が連邦議会に選出する権利をもつ上院議員の数と下院議員の数を合計した数の選挙人を任命すべし。(Each State shall appoint, in such Manner as the Legistature thereof may direct, a Number of Electors, equal to the whole Number of Senators and Representatives to which the State the State may be entitled in the Congress)

 上院議員の定数は、すべての州に平等に2名ずつが割り当てられていますが、下院議員は各州の人口数に従って振り分けられています。そして各州の人口算定は、10年を越えないうちに(within every Term of ten Years)1回行う国税調査で決定されます。戦争や災害などで人口に大変動があった時は、「10年を越えない(within ten years)」調査を想定しましたが、幸いにも1790年に第1回国勢調査が行われて以来、必ず10年ごとに行われて来ました。前回は2010年に行われ、次回は2020年に行われる予定です。

 上院議員定数2名に割当て下院議員数を加えた選挙人数を下の地図が示しています。


2016年大統領選挙人定数地図


 カリフォルニア州のように55名の大票田州もあれば、定数3名の州もあります。首都ワシントンも3名の選挙人定数が割り当てられていますが、未だに上院にも下院にも議員を選出する権利を持っていません。大統領選挙だけは、1960年3月29日に成立した「修正第23条」によって参加することが許されました。しかし、首都ワシントンは、全米で24番目に多い人口数をかかえていますが、3名しか許されていません。それは、『修正第23条1節1項』の中の次の条文によって規制されているからです。

 「もしその特別区が州であったならば選出する権利を持つであろう連邦議会の上院議員および下院議員の合計数に等しい大統領および副大統領の選挙人を選出すべし。しかし、もっとも人口の少ない州よりも多くなってはならない(A number of electors of President and Vice President equal to the whole number of Senators and Representatives in Congress to which the District would be entitledd if it were a State, but in no event more than the least populous State)」

 現在、ワシントン特別区は、連邦議会の直轄都市で、メリーランド州から割譲された69.245平方マイルの狭さなので、人口も少なく60万人程です。特別区の面積から考えれば、どの州よりも人口が多くなることは不可能です。しかし、万が一多くなったとしても、最小定数の3人よりも多くなることはありません。



勝者独占方式とは


 勝者独占方式とは、それぞれの州に割り当てられた選挙人の定数のすべてを、国民投票で1票でも多く得票した大統領候補者が独占して獲得するという制度です。たとえば、前回の2012年大統領選挙のカリフォルニア州の結果を見ますと、オバマ候補が約785万票で、ロムニー候補が約484万票でした。大差がついたとはいえ、400万票以上が死票となり、選挙人55名はすべてオバマ候補が獲得しました。
 それでもまだ、カリフォルニアの選挙結果は大差がついたので納得ができます。しかし、フロリダ州の結果をみますと、その矛盾が分かります。オバマ候補が4,237,756票で、ロムニー候補が4,163,447票でした。その差が74300票だけでしたが、その州への割当て選挙人29名はすべてオバマ候補のものになりました。前回の大統領選挙は、多少の矛盾はあったにせよ、勝者のオバマ候補の得票が51.1%で、敗れたロムニー候補が47.2%であったので、勝敗に納得ができました。しかし、この勝者独占方式という制度では、総得票数の多い方の候補者が当選するとは限りません。希ではありますが、得票数の少ない候補者の方が勝利を収めることもあります。実は、2000年の大統領選挙は、総得票数の少なかった候補者の方が当選した希少な事例でした。その選挙の模様を説明しましょう。


2000年大統領選挙


ブッシュ、ゴア候補の写真


 2000年の大統領選挙は、共和党ジョージ・ブッシュ(George Walker Bush)と民主党アル・ゴア(Albert Arnold Gore)との一騎打ちなりました。議会法により2000年の「11月の第1月曜日の次にくる最初の火曜日“the first Tuesday after the first Monday in November”」にあたる11月7日に総選挙(選挙人選挙)が行われました。合衆国は国内自体に時差があるので州によって多少の違いはありますが、午後7時投票が閉め切られて、即日開票が行われました。開票から1時間ほど経った午後8時ごろ、マスコミ各社は、出口調査(exit polls)によりゴアの勝利を報道しました。とことが、10時ごろ「ゴア勝利」の報道を取り消しました。なぜならば、フロリダの開票が進むにつれて接戦になり、勝敗がつかなかったからです。日付が変わった8日の午前2時過ぎ、報道はブッシュの勝利に変更されました。そして午前2時45分ごろ、ゴアは敗北を認めてブッシュにお祝いの電話までしています。ところが、それから1時間ほど後、票差がほとんどないことが判明しましたので、マスコミもブッシュ勝利の報道を取消し、ゴアも敗北宣言を撤回しました。


天下分け目のフロリダ法廷闘争


 フロリダ州を除いて全ての州の結果は出揃っていましたが、選挙人総数538人の過半数270人を獲得した候補者はいませんでした。その時点で、ゴアが獲得していた選挙人数は267人、ブッシュが246人でしたので、ゴアの方が21人も先行していました。しかし、大票田フロリダの当時の定数25人(現在は29人)を加えれば、ブッシュも271人となり過半数を1人(票)だけ上回り、逆転勝利になりました。しかも11月8日の段階では決着が着きませんでした。


 フロリダ36日法廷闘争

 総選挙の翌日の11月8日にフロリダ州・州務省選挙部による結果発表では、ブッシュ候補が「2,909,135票」対ゴア候補が「2,907,351票」で、1,784票の僅差でブッシュ候補が勝利を得ました。しかし、州法の規定により、票差が総得票数の0.5%以下の場合は、機械による票の数え直しをすることになっていました。そこで、数え直しが行われましたが、ブッシュの優位は変わりませんでした。しかし、票差が約1,000票に縮まりました。

 いよいよ、これから法廷闘争に突入しまうので、アメリカの裁判制度を見ておきましょう。


連邦最高裁判所組織

連邦最高裁判所判事(2016年)
2016年最高裁判事集合写真


 アメリカ合衆国の最上級裁判所は「連邦最高裁判所」です。判事の定員は9名で、大統領が上院の助言と承認を得て任命します。しかし、任期がないので、大統領が最長8年で退職した後も在職する最高位の役職ですから、どの大統領も退任後に自分の影響力を残すため、任期中に自分の息の掛かった人物を任命しておきたいと望んでいます。上に添付しました2016年次の連邦最高裁判事の集合写真ですが、スカリア判事が2016年2月13日に死去しましたので、現時点は8人の判事で構成されています。ケネディ判事はレーガン大統領により、トーマス判事はブッシュ(父)大統領、ギンズバーグ判事とブライヤー判事はクリントン大統領により、ロバーツ主席判事とアリート判事はブッシュ(子)大統領により、ソトマイヨール判事とケイガン判事はオバマ大統領により任命されました。死去した故スカリア判事の空席は、本来ならばオバマ大統領が指名する権利を持っています。ところが、「助言と承認」を与える現在の上院勢力は、民主党が44議席と共和党が54議席で与・野党が逆転しています。たとえオバマ大統領が指名しても上院の承認は得られないことでしょう。新最高裁判事の指名は、新大統領の最初の重要な仕事になるでしょう。

 今回のブログテーマのブッシュ対ゴアの戦いの舞台は、当時の連邦裁判制度だけではなく、下の図に示しましたフロリダ州の裁判制度も重要でした。

フロリダ州裁判所組織

フロリダ州の開票と集計

 州法の規定により票の数え直しを行った結果、票差がおよそ1,000票にまで縮まりました。そこで、フロリダ州選挙実施責任者であるキャサリン・ハリス州務長官が、集計結果の提出期限を11月14日に設定したことを宣言しました。そこで、ゴアは「選挙結果抗議申立」を行い、民主党支持者の多い四つの選挙区で手作業による再集計を求めました。すると即座に、ブッシュ陣営は、手作業開票では誤差が大きいとの理由で、連邦地方裁判所に作業差し止めを求めました。14日の夕刻に、ハリス州務長官から、全67選挙区の集計結果が発表され、300票差でブッシュが勝っていると公表されました。
 当然にゴア陣営は引き下がりません。最初は、再集計が行われている選挙区の巡回裁判所で処理されていましたが、結局のところ決着できず、フロリダ州最高裁判所で争われることになりました。15日の朝、ハリス州務長官は、手作業集計を続けている三つの選挙区の選挙管理委員会に停止命令を出すように求めました。そして、海外不在者投票分を含んだ集計結果の公式認定日を11月18日に決定しました。しかし、その午後には、ゴア陣営は、もし三つの選挙区の手作業集計を停止させるならば、再度、全67選挙区の手作業による集計のやり直しを要求すると主張しました。そして、①公式認定差止め、②手集計結果の獲得票数への算入、③集計結果提出期限の延長を州裁判所に提訴しました。


フロリダ州の行政と州最高裁と連邦最高裁の思惑

ブッシュフロリダ知事と州務長官

連邦最高裁とフロリダ州最高裁

 まさに、フロリダ州の行政と司法が正面衝突することになりました。その時のフロリダ州知事は、ジョージ・ブッシュ候補の実弟ジェブ・ブッシュ(John Ellis "Jeb" Bush)でしたので、当然に行政は共和党寄りでブッシュ候補に近い存在でした。一方、司法はといえば、州最高裁判事の7人すべてが民主党派でしたので、ゴア陣営に有利なように動きました。しかし、米国の裁判制度の複雑さが、この闘争の解決をさらに困難なものにしました。ただし、争点は単純で、「手作業による再集計を続ける」というゴア陣営の主張と、「手作業は誤差がでるので再集計を停止させる」というブッシュ陣営の主張の法廷闘争でした。それはまさに両陣営の意地と名誉を掛けた泥仕合でした。11月17日の出来事などは、その混乱を象徴しています。その同日、州巡回裁判所は手作業による再集計を否定し、連邦控訴裁判所は手作業による再集計を支持しました。

 11月24日、ブッシュ陣営は、連邦最高裁判所に対して、フロリダ州最高裁判所が認めた手作業による再集計を差し止めるように訴えを起こしました。連邦最高裁判所は、12月1日に審理を始めること認めました。

 11月26日、フロリダ州当局は、公式発表としてブッシュが2,912,790票、ゴアが2,912,253票で、537票差でブッシュの勝利を宣言しました。それに従って、ジェブ・ブッシュ知事は、25人のブッシュ候補の選挙人を招集して認証作業を行い、国立公文書館(the National Archives)へ送付しました。(12月22日までに国立公文書館長官経由で上院議長に送付することになっています。)

 11月27日、ゴアはフロリダ州選挙法をもとに三つの選挙区の再集計を州巡回裁判所に提起しました。

 12月1日より連邦最高裁判所とフロリダ州最高裁判所との真っ向対立が始まりました。
その後は、州最高裁判所が手作業による再集計を命ずれば、ブッシュ陣営は連邦最高裁判所に、集計差し止めを求める、という両陣営の細かい遣り取りが続きました。

 12月12日、ついに連邦最高裁判所は、集計結果提出期限延長を命じたフロリダ州最高裁判所の決定を合衆国憲法違反として、時間切れを理由に手作業集計を禁じました。(選挙人の人民による選挙人選定は12月12日までにしなければならない、と連邦法で決められています。)ただし、連邦最高裁判所においても、手作業集計を禁ずる判事は5人、認める判事は4人で、極めて僅差の判決であった、と言われています。



2000年連邦最高裁判事

 12月13日、ゴアは、連邦最高裁判所の判決を不服としながらも、決定に従い、マスコミを通じて敗北宣言を出しました。

 12月18日、合衆国全州で、選挙人がそれぞれの州都に集まって、大統領選挙を行いま
 した。(大統領選挙人による大統領選挙は、「12月第2水曜日の次にくる月曜日」“the first Monday after the second Wednesday in December”と決まっています。)



もしゴア候補が最後まで引き下がらなかったら

 もしゴア候補とフロリダ州最高裁判所が、連邦最高裁判所の判決に従わずに手作業集計を続行して、ゴア候補が勝利したと仮定しましょう。

① 合衆国憲法第2条第1節2項の「各州は、その議会が定める方法に従って、その州が連邦議会に送ることができる上院議員と下院議員の総数に等しい数の選挙人を選出する。」に従って、フロリダ州議会が議員の投票によってブッシュの選挙人を選出したかもしれません。

② フロリダ州ではブッシュとゴア両陣営がそれぞれの選挙人団を選出して、それぞれが連邦議会へ投票結果を送付していたかもしれません。


フロリダ州の選挙結果


フロリダ選挙の最終結果


2000年大統領選挙の公式選挙結果

 いろいろと問題の多かった2000年の大統領選挙も決着がつき、最終結果が公表されました。その総計は、ブッシュ候補が、271名の選挙人を獲得して、267名(不忠選挙人が一人でましたので実際には266名)を獲得したゴア候補に4票差で勝利しました。ところが、全州の総得票数では、ゴア候補が509,996,116票で、ブッシュ候補の50,456,169票よりも539,947票も多く獲得しました。まさしくゴア候補にとっては「試合(選挙)に勝って勝負に負けた」ということになりました。選挙人選挙方式と勝者独占方式である限り、この様な事例は起こっても不思議はありません。しかし、2000年選挙の他には、1888年の大統領選挙で起こっただけです。その選挙では、ベンジャミン・ハリソンとグロバー・クリーブランドが接戦を繰り広げて、下に添付しました表のように総得票数と獲得選挙人数との間に逆転現象が起こりました。


2000年と1888年の選挙結果