刀剣を用いる武道をたしなんでいる方でしたら、刀にとって柄前が如何に重要か?ということは、経験的にご理解頂けるでしょう。

 

例え、刀身に性能上の欠点があったとしても、柄前の良し悪しで、ある程度機能を補うことができます。これは、刀身と使用者を唯一繋ぐ装置が柄前であるということからも、武道を経験されていない方でもある程度ご理解頂けると思います。解り易く表現するならば、柄前を装着していない状態で刀剣を使用することは考えられず、手の内で感じる刀の使用感というものは、全て柄からきていると言っても過言ではありません。

 

昨今、刀身の科学的研究に没頭する愛好家(私を含めて)が増えていますが、日本刀は総合芸術品であり、武器としての性能という面だけで見るならば、刀身のみを研究しても何ら理解できるものではありません。もっと言うと、武器としての刀剣は、刀身のみで性能を発揮するものではなく、拵えを着た状態ですら完全ではありません。さらに、使用者の技術力と精神力?が相まって、外装を装着した刀身の性能が発揮されるのだと思います。

 

ここで言う柄前の性能とはいったい何か?というと、最低限以下のことが挙げられます。

・刀身の性能を最大限に引き出す装置であること。

・使用者の身体に合わせた調整が施されていること。

・使用用途に即した加工が施されていること。

 

これら柄前の性能を左右する特徴の一つに、柄の形状が挙げられます。これは柄成とも言いますが、立鼓型や刃方一文字型、諸反型などが知られています。

刀身との相性や写し拵えの場合には各拵えの掟、使用者の好みなど、様々な要因で最終的な形状が決定されます。

 

そしてもう一つ、刀剣の性能を決定付ける重要な要素が、柄の長さです。

柄の長さは、使用する人の身体的特徴(身長や手の大きさ、腕の長さなど)や流派の拘り、用途の違いによっても若干変わるものの、基本的には各刀身に合った最適な長さが大体決まっています。

 

 

写真は製作中の柄下地で、上が一般的な8寸5分、下が異色な1尺越えの柄です。共に、定寸前後の刀身の為に工作中です。

1尺強の柄下地は、この説明の為にわざと下地材を長めに切り出して作りました。実際には、茎の長さやバランス、技との兼ね合いなどを勘案すると、性能面で不利に働くためナンセンスな工作と言えます。(この柄下地は、最終的には8寸程度の長さに調節します。)

 

下地は、油分の少ない十分に乾燥したホウの木で作ります。他の木材で作ることも代々研究してきましたが、刀身との相性や反発力(バネ性?)などを考えると、結果的にホウの木に軍配が上がります。刀身に必要以上の加重が加わると、致命的な故障が発生する前に、柄下地が破損して力を逃がしてくれることも大切な機能です。

 

科学的な研究に基づいて作られた軍刀身などは、茎が異様に長く作られ柄頭ギリギリまで柄の中に入り込んでいますが、あれなどは戦地で柄前の修復や補修が難しいことを考慮したためと、刀身のみの研究から導き出された形状であって、古来からの刀剣の性能(トータルバランス)からみると誤った解釈の上に成り立っています。

 

以上、柄の長さ一つとっても刀剣全体の性能から導き出される頃合の形状や強度、バランスというものがあって、全ては実用の美の上に成り立っているというお話でした。

刀剣外装の表情を大きく左右する刀装具と言えば、鍔ではないでしょうか?

こちらは、製作中の拵えに用いる鍔です。

 

 

海鼠型の鍔は、私の大好きな意匠の一つです。

 

刀装具は、お客さんがご依頼時に持込まれたままの状態ですと、刀身とあわないので微調整が必要です。この鍔の場合、茎櫃孔の刃方に銅製の詰め物を施してガタツキを抑えます。この詰め物を責金と言います。刀装具の材質や工作された時代によっても、方法に若干の違いがあります。昨今、責金を素人さんが挑戦して貴重な刀装具を破損しているものが散見されます。くれぐれも古い刀装具の加工はやめてください!

 

ちなみにこの度のご依頼は、刀身をお作りになった刀匠さん、ご依頼者さんにとって、とても深い思いが詰まった貴重な御刀です。ご縁があって私にご依頼頂いた経緯も、何か必然性を感じます。そのため、納得がいくまでゆっくり時間をかけて作らせて頂いています。

刀身との相性、使用用途、拵えの掟、バランスを調整しながら、最善の工作に努めています。

刀剣の修理をご相談いただく際、基本的にご依頼者様にお会いし、修復予定の御刀を拝見させて頂いてから、ご依頼をお請けするか否か判断しています。

その理由は、依頼する側と修復する側の信頼関係が最も重要なため、意思の疎通が取れる方であるか、修復で状態が改善する刀身であるかなどを、見極める必要があるからです。

 

ご相談者様にお会いして話を伺っていると、二種類の相談内容があることがわかります。

 

一つは、現状でも刀剣として何ら問題ないものの、高度な使用(ほぼ武道)を目的としているために、今よりも刀身の性能を最大化して、用途やご自身の身体に合わせた改善を希望する場合です。

もう一つは、既に機能していない壊れた外装や刀身の故障(錆びや刃こぼれ)を、修理や工作で新たに性能を獲得し、さらに用途やご自身の身体に合わせて調整を加えることを希望する場合です。

 

一見、相談内容は同じ様に感じるかもしれませんが、これは全くの別ものです。

 

まず前者に関しては、状態の良し悪しはあるものの一応外装が付属していることから、ある程度刀装具や部品を使い回すことができます。しかしながら、後者については、一般の方がオークションサイトなどで購入した錆身などが多く、修復には技術的にも費用的にも納期的にも、難しい傾向があります。

 

ちなみにオークションサイトの刀剣出品者は、刀剣商など玄人が圧倒的多数です。玄人が店頭販売ではなくてオークションサイトで商品を手放す理由はなぜでしょうか?

どんな業界でも同じですが、その道のプロは一般の方に比べて圧倒的に修復や加工の知識、職方との独自のルートを持っているはずです。

それらを勘案して考えられる理由の一つは、修復を施すよりも現状で転売に掛けた方がメリットがあると考えているからです。

 

例を挙げるとキリが無いので、今回はハバキを例にとって紹介したいと思います。

ハバキは、言わずと知れた刀剣の部品の一つですが、改めて説明せよと言われると難しい部品です。あえて言うなら、刀身を根元で受け止めて鞘の鯉口部や拵え内で刀身をしっかり固定するための刀装具です。

 

前出のオークションサイトで入手された刀剣に良くあるケースなのですが、刀身もハバキも白鞘もバラバラの物が無理やり一つになって出品されている場合があります。

オークションの落札者は、商品を手にとって確認する機会が無いまま購入します。厳しい言い方をすると、落札者は例え商品を直接手にとって確認できたとしても状態の良し悪しが分からない人、つまり刀剣初心者であることが多いです。

玄人出品者から見れば、ノークレーム・ノーリターンの気楽さも手伝い、寄せ集めでそれらしい作品に仕立て上げて出品すれば、金額次第では喜んで落札してくれる人が直ぐに見つかるサイトということになります。

 

本来、刀身には個性があり、ほぼ同じ形状のものは無いと言えますが、刀身と唯一接触する刀装具ハバキも、本来一つの刀身に対して一つの物しかありません。

しかし、転売品の整理を目的にしている出品者の場合、例えば錆身に金無垢のハバキが付属していたら、ハバキだけでも手中に収めて頃合の離れハバキを着せ、反りの合う白鞘に入れてそれらしく写真を撮れば、ウブ出し刀剣の出来上がりです。

 

そういう状態の刀身を落札して、当工房に修復してくれ!とご相談にいらっしゃっても、ハバキを作り直すところから始めなければなりません。

ここに、体配の違うA、B、Cの三振の刀があります。

それぞれ、刀身の形状が違うことは一目瞭然ですが、もしBの刀身に付属していたハバキを、Cの刀身に着せたらどうなるでしょうか?

刀剣の外装を製作する場合の起点は、ハバキです。ハバキの切羽側の角度が不自然な方向を向いていると拵えの表情も歪になります。歪になるどころか、拵えを作れない場合が大多数です。

AとBは一見鍔の方向が似ているので、流用可能か?と感じますが、茎の反りが違うためハバキの形状が違ってきます。

 

というわけで、最低限刀身とハバキが一作であることが、拵え製作の第一条件なのです。

これは、写真だけでは絶対に分からない部分です。ギャンブルでオークションサイトを活用する場合や、ある程度知識があり上記の問題を理解している場合は別として、レストアベースで刀剣を購入する場合は、極力造詣のなる方に相談することをおすすめします。

そうでないと、結果的に無駄な出費が嵩むばかりか、工作にも時間が掛かりますので、良いことは一つもありません。そういう依頼に限って、ご予算も信じられないような安価を希望されるケースが後を絶ちません。

もちろん、錆身を砥ぎ上げてみたらものすごい名刀が出現するかもしれませんが、逆に刃切れや駆け出し、鍛え割れなどの欠点が出ることの方が多いです。欠点がある刀をわざと錆びさせて出品している悪徳出品者もいるほどなので、とにもかくにも注意が必要です!

味わいある江戸の街並み!

 

 

まるで別の時代に迷い込んでしまった様です。

 

 

いったいここはどこでしょう?

 

 

時代に取り残された宿場町でしょうか?

 

 

映画のセットでしょうか?

 

 

ここは、東北自動車道の上り方面にある羽生SAです。

 

 

時代劇の鬼平犯科帳の世界を表現したSAなのです。

 

 

細部にまでこだわった作りこみがニクイ!

 

 

自動販売機も色を合わせて統一感を持たせています。

 

 

内部も街並みを再現し、滞在を楽しめる様になっています。

 

 

雨が降っていましたが、素敵なコンセプトのSAを堪能し、ちょっとした旅の思い出を作ることができました。

 

こういう施設がたくさん出来ると、インバウンド観光の誘致や地域の魅力を発信するスポットが増えるのではないでしょうか?こんな素敵な施設で、伝統文化や伝統工芸の紹介イベントが出来たらさぞや楽しいだろうと思います。

以前、当工房にて修復を手掛けた御刀が帰ってきました!

こちらは、最近手掛けた刀剣の中でも群を抜いて出来の良い現代刀でしたので、とても思い入れがあります。

 

今回は、前回お作りした柄前以外の部分での修復のご依頼です。

 

 

柄前は、柄糸がだいぶ色あせていますが機能性は一切損なわず、しっかり仕事をしてくれていました!私的には、若干使用感が出た今の雰囲気の方がむしろ好きです(笑)。

 

 

今回のご依頼は、刀身の研磨と鞘の補修プラスデザイン性を追加することです。

現代刀の中でも最高峰クラスの刀身のため、一度は砥いでみたいな~と思っていた刀工の作品ですので、手に力がこもります。(しっかし、硬いのなんの・・・。)

 

外装のデザイン変更では、拵え全体のバランスを崩さない様に全体の統一感を引き締めたいと思います。

今日は、湿度も低く気温も落ち着いていて、心地よい一日です。

 

 

こんな日は、平凡な幸せに感謝し、 日常の当たり前の価値に気づくよい機会だと思います。

 

 

この絵は、平凡な農民の姿を写実的に描き農民画家などと呼ばれたミレーの晩鐘です(ネット上より画像拝借)。

先週末、女川町の復興イベントに参加するため、東北に向かいました。

その折、納品をかねて仙台で一旦高速を降りることに・・・。

 

 

インターを出て、人生初めての仙台の街中をしばらく移動していると、とてつもなく親近感溢れる街なのです。というのは、街の規模や雰囲気が神奈川県ソックリ。都築区あたりを走っているような不思議な感覚に囚われながら、フッと周囲を見渡すと・・・。

 

 

ん?何かが目に飛び込んできました。えっ!一瞬、わが目を疑いました。

 

 

こちらは大船駅のプラットフォームからも見えるわが町の大船観音です。頭部のサイズは、ほぼ同じ大きさのようです。

 

 

こうして見比べてみると、観音様にも個性があるのだなあ~ということがわかりますが、これは絶対に近くまで行ってみたい!

 

 

というわけで、道に迷いながらもお膝元まで近寄ってみました!なんと、大きな立像でした。

こちらは、真言宗智山派に属する密教系の大観密寺だそうです。

 

世界中の街を旅するとフッとホームタウンのことが思い出されることがありますが、仙台はあまりにも横浜に似ていて大変驚きました!お客さんのプライベート道場にも驚きました。初めての仙台には驚きが沢山あって、今度来るときはゆっくり散策したいな~と思いました。

刀剣の外装製作技術は、刀身ありきの技術です。

言い換えると、刀身を活かす為の技術ですので、独立して技術力を発揮する機会というのはほとんどありません。とはいっても、伝統という限られた制約の中だけでの活動では、絶対的少数派の伝統工芸分野を一般の方々に紹介する機会は極端に限られます。

 

というわけで、以前から取り組んでいる創作工芸品の工作です。

 

 

創作といっても、ただ技術を応用しただけでは無意味なオブジェを作るに過ぎませんので、自己満足に終わってしまいます。

新しい工芸品を作る以上、実用性がなければ工芸品とうたう意味もないばかりか、当然機能性を発揮することも適わないのです。

ところが、そういった劣化工芸品が世の中に溢れた結果、伝統工芸でしかカタチに出来ないという有用性が理解されないまま正しい技術が衰退し、本来の伝統工芸の素晴らしさが人知れず息絶えていっているというのが現状です。

 

今回の創作工芸プロジェクトの目的は、伝統工芸の技術をふんだんに盛り込んで、しかも実用的な工芸品を生み出すこと!です。鑑賞的価値と実用性が共存しつつ、しかも世界に一つだけの作品に仕上げなければなりません。

 

 

やっと下地の加工が終了しました!地域性を加味して、鎌倉彫に仕上げる予定です。

実用の美が宿った創作工芸品を作るということは、前例がないために試行錯誤の挑戦になりますが、私自身が何も考えずに受け継いだ技術の本来の意味や目的を再認識する機会にも繋がることから、大変有意義な作業と感じます。

我が家で、ダンボール紙に並々ならぬ愛着を抱いているのは3匹の飼い猫ぐらいのものですが、さすがにこれにはダンボールと言えどもシャッターを切ってしまいました!

 

 

ダンボール製の1/1モデルです。

 

 

細部に至るまで、忠実に再現しています!

 

 

遠目に見たら実車かと見紛うほど、よく出来ています。

 

 

ダンボール紙製のランボルギーニ『ダンボルギーニ』は、女川町駅前の店舗にて公開中です!

先ほど、宮城県牡鹿郡の女川町から帰ってきました。

二泊三日片道10時間の道のりを車を飛ばして往復したわけですが、その理由は毎年秋に開催される日本最大の日印交流イベント『ナマステ・インディア』のプレイベント『ナマステ・インディア2016 in 女川町』へのボランティア参加の打診を頂いたからです。

 

 

女川町は、先の東日本大震災の折、壊滅的な被害を受けた小さな漁村です。

多くの死者・行方不明者が発生し、その後も人口の減少が止まらず、復興にも大きな影響が出ていることは確かですが、そんな逆境にも負けずに立ち向かっている現地の方々の応援に繋がれば!という気持ちで、今回車を走らせました。

 

前日、仙台市内での納品を終え、その足で石巻に一泊し、女川町へと向かいました。

 

初めての女川町は、想像に反し風光明媚な美しい海岸の町でした。

 

海上に突き出た埋立地に、作業中の方の許可を受けて立ち入らせて頂きました。

町長さんの話では、町全体を5メートルほど盛り土して、新たな町を築いたとの事で震災以前の町の景色とはだいぶ違いがあるそうです。

 

朝と昼の2回、古流の技を中心に演武させて頂きました。

気持ちの問題ですが、この度の震災でお亡くなりになられた数え切れない方々の鎮魂の思いを込めて、精一杯演じさせて頂きました。

 

帰り際に撮った一枚。

手前に築かれた防波堤が、辛うじて震災の記憶を留めるためのモニュメントであるかのように、ただ延々と海岸線に設置されています。

 

 

この美しく穏やかな海を見ていると、とても自然の脅威を剥き出しに人々を飲み込んだとは思えないほど、澄み切っていました。

 

前日まで当たり前に続いていた日常が目の前で崩壊し、大切な人を失った人々、子を失った親、親を失った子、彼らを思うと涙を禁じえません。

 

苦しみが癒えるまで、まだまだ時間が必要だと思いますが、いつの日か真の復興が適うことを、願って止みません。