部屋に落ち着いたので早速友人に電話することにする。
手紙に返事をくれたのはメリニコフさんだけ。彼は手紙に電話番号を書いてくれている。
ただし高齢なので毎日ガイドを頼むのは無理。
まずアリョーシャに電話する。
アリョーシャは日本人学校の通訳だった。
私の赴任中に解雇された。
校長に声をかけて、私がアリョーシャを雇用することにした。
「400ドル程度で辛抱してね」
同僚の派遣教員が心配してくれた。
「大丈夫ですか?」
『校長ににらまれないか』と心配してくれたのだが、お門違い。
後日校長から礼を言われた。
馘首して気持ちがよいはずがない。
当時、彼はスカイラインを持っていた。
黒海で陸揚げされた中古車を自分でモスクワまで運んだという。
帰国直前、派遣教員は自分の車を処分する。
車のない生活になる。
日本語が話せる運転手は随分助かった。
電話の話である。
電話機には「9=ゴーラドヌイ(街内)、8=メジドゴーラドヌイ(街間)、7=メジドナロードヌイ(国際)」とある。
「10年間で彼の電話番号が変わっていなければ良いのだが‥‥」
9の後に彼の電話番号を続けて打ち込む。
「アリョー」
「アリョー、アレクセイ・イーゴリヴィッチ、モージナ」
「ああ、大部先生~」
この電話が通じてどんなに助かったことか。
彼は手紙はくれなかったが、私のモスクワ滞在中案内するつもりでいてくれた。
「大丈夫。私は今仕事はしていない」
早い話が失業者。車を持った日本語を話す失業者。私にとってこんな嬉しい話は無い。
次はメリニコフさん。
彼は手紙をくれており、電話番号が変わったことも知らせてくれている。
「10年ぶりに来たから、歓迎します。それでどうしましょうか」
ガイドは2人いらない。なによりも高齢のメリニコフさんの健康状態が心配。
というわけで、翌日夕食を共にすることにした。
元気そうだったら、その次の日に一緒に過ごそうと思う。
ところで国際電話。
日本のガイドブックには「8」の後に国番号と書いてある。
ホテルの電話は先に書いたように「7」になっている。
「8」や「7」を何度も試したが、日本にはつながらなかった。
もうひとつの課題がワレリーさん。
「モスクワ訪問を知らせ、どこかで会えれば嬉しい」と書いたから連絡をしないわけには行かないのだが、手紙を書いてから彼の電話番号がわからないことを発見したのである。
10年前は電話のやりとりをしていたから、どこかにメモがあるはずなのだが、紛失したらしい。
「明日にでも番号案内を頼もう」ということにして、今日の日程は終了。
時刻は10時を過ぎている。
日本との時差はサマータイムで5時間。
午前3時はちょっときつい。

ホテルの窓から街を望む。
この方向が町の中心。
