ネオナチと巨人。 さてどんな絡みがあるのでしょうか。

昔少年のころ、巨人に与那嶺,宮本という選手がいました。

両者とも外人枠で入り、大活躍しました。与那嶺は首位打者にも輝いたほどの好打者でした。

後に中日の監督を務めたほど偉大な足跡を残しました。宮本もガッツあるプレーで人気を博したものです。日本語は話せなくとも顔の色は黄色、あたかも巨人には外人がいない純潔の日本チームのような雰囲気があり、実際少年ながら私たちは誇らしく思っておりました。ナショナリズムをあおるのに一番は民族の純潔を唱えると国民的人気を博することができます。その筆頭がヒットラーのネオナチの思想だと思います。人間は心の片隅に、このような民族の純潔に誇りを抱き亜種を忌み嫌う、偏狭なプライドがあるようです。ドイツ国民も戦後、どうして自分たちがユダヤ人を虐殺したのか、本当に人間の陥りやすい偏狭な差別の感情を忌まわしく思ったことでしょう。最近では小泉首相が中国嫌いを露骨に表現して、国民的人気を博しました。遠くでは石原都知事の中国嫌い、アメリカ怖くないと強がりナショナリズムの心を刺激する技。かくかくしかじかのごとく、昔の巨人は自前のオリジナルな純粋なチームとしての誇りに思えるチームだったような気がしていました。その隠れネオナチの心にぐさりととどめをさしたのが原巨人。四番に韓国人を抜擢しました。此れはすばらしいい決断でした。悔しいけれど原監督は偉い人だと思います。民族の壁を乗り越えて、実力主義の登用は見事。しかし韓国から発掘した選手なら拍手喝采。ロッテからの略奪はいつもの巨人のやり方。ほめられないのはそこのところ。力道山が外人をぶちのめす。千代の富士が大男を投げ飛ばす。今の巨人は大男の外人がちびの日本人をやっつける、弱いものいじめの構図が目に浮かびます。最近テレビで巨人戦を見ることが少なく人気がないのは見たくない弱いものいじめのオンパレードに原因があるでしょう。ちびの選手の成長を祈ります。

 おめでとう。昨日の坂本のサヨナラホームラン、お見事。純粋培養の坂本の活躍に拍手を送ります。しかし巨人嫌いはとまらない。なぜかなぜなのか良く考えてみました。どうも結論はここにあります。読売社主”なべつね”の傲慢さにあります。人を呼び捨てにすることは私は大嫌いです。しかしこの人には呼び捨てがふさわしいと思います。古田選手会長に投げかけた言葉に尊大な心が表れていました。死ぬまで権力をはなさない姿は隣の隣の国のドンにそっくりです。ジャーナリストの頂点に立つ人の言葉遣いでもなく、ましてやスポーツ界をリードするにふさわしい人柄でもなく、卑しい政治家がお似合いといったところでしょう。あれだけの人を恫喝する力のある人が、ひとたび権力を握ると、その配下の人たちに自由な発想は失われます。巨人の茨の道はおんだい渡辺社主が権力をしょうあくしてからはじまったと思います。正義の旗は失われ、金権まみれの権力でおさえつける旗がたなびいています。古い話ですが,ダイエーの小久保選手を採ったときは対価なし、政治力で移籍が決まりました。ダイエーのオーナーも選手も泣きました。今は古巣に戻りがんばっていますが当時は”なべつね”の政治力に驚かされました。

 巨大な情報網を持ちながら、外人選手を自ら発掘した選手はゼロ。すべて他チームが発掘し育てた選手を法外な金額で奪う、合法的泥棒軍団が今日のジャイアンツそのものなんですね。私は大の長島フアン。巨人がどんなあこぎなことをしてもゆるしてしまう、長島は正義なんだと思い込んでいますので悪事に手を染めてもわかりませんでした。長島と同じことをしても原がやれば悪事。もう長島の毒消しの効能は失われました。野球世界選手権とやらの監督は原が受けましたが、西武の渡辺監督同様に辞退するのが筋というもの。読売が企画した大会だから読売が決めて何が悪いかといえばそのとうり。それをあたかも国民的行事のふりをするからおかしい。そんな読売の企画のゲームで足を捻挫しても、くいがないといった馬鹿な村田、お前は給料をどこからもらっているのか聞きたい。アメリカの大半の主力選手はチームに忠誠を誓い、出場しなかったそうです。そんな大会で世界一になったなんておこがましいかぎり。松坂も楽天のエースも今は故障者リスト入り。何億の給料をもらってなんと弁解するか。来年も世界選手権に出るといったら年俸を返上するつもりで出場してもらいたい。中日の選手は一人も出なかったのは正しい人の道だと思います。プロ野球選手はアルバイトは許されないのです。来年はアマチュアの選手でやってください。なべつね様。どうか早く引退して、政治家の道を志してください。今の政治にはあなたのような正直で実行力のある人は希少価値があります。本音で語る政治家としてたくさんの人に愛されるでしょう。しかし野球界からは石持て追い出したいところが今日の結論となります。

 昔は名選手は最後を巨人でプレーできたら引退も巨人で花を飾る。葬式を出す。此れが名選手に対する礼儀だと思います。清原,工藤を三顧の礼を持って迎えておきながら、力が落ちたら即ゴミ箱では失礼。日本のプロ野球の至宝ともいえる両者の引退試合をすることなく追い出したのは本当に悔しかった。葬式を出さず遺体をゴミ箱に捨てたも同然.原巨人のけつの穴の小ささの象徴でしょう。長島巨人の粛清でしょう。

 仁志は一番にしては構えが四番打者。その心得違いが長島野球の面白さの演出のひとつであったことは否めない。ホアーボールを選ばない一番打者。ここが原野球の粛清のスタートでした。当然のスモール野球の結論だと思います。即ロッテ、広島の選手と交代,仁志は横浜に落ち延びました。巨人復活のただしいい選択でした。しかしフアンの心は踏みにじられました。長島野球の真髄はただ勝てばよいではないのです。野球はスポーツであると同時にショウ、レビュウ、劇場的演出を加味した面白野球なのです。それはジャイアンツ九連覇の偉業を成し遂げた川上野球のつまらなさをいやというほど体験し、それを乗り越えようとがんばってきた輝きなのです。原野球は勝っても勝ってもつまらない川上野球に回帰しているのです。死んだ私の父は、お父さんのひいきのチームはどこなのと聞くと、巨人以外のすべてだよといいました。川上巨人が負けるとうれしいよといいながら焼酎を飲んでご機嫌でした。自分もとうとう原巨人が負けると幸せを感じるひねたプロ野球フアンとなっている自分がおかしく感じます。