また、引当金の計算方法、減価償却・固定資産税の扱いなどによって、大きくぶれますから、
計算方法によってはkw単価は原子力発電のほうが高くなる可能性も大きいです。
東北新幹線が新青森まで開通した。
東京から新青森まで最短3時間20分だそうだ。
東京から博多は最短5時間10分ちょっと。
北陸新幹線が開通すると東京から金沢が最短2時間20分程度になるらしい。
九州新幹線が全通すると博多から鹿児島中央は最短1時間20分。
仮に青森から東北・東海・山陽・九州新幹線を乗りついて鹿児島まで約10時間。
一昔前は青森も鹿児島も東京からは寝台車であったことを考えると、すごい時短である。
しかし新幹線の路線図を見ればわかるが、
東京から北に東北(+秋田・山形)、上越、北陸新幹線が伸び、
西に東海・山陽新幹線が伸び、その先に九州新幹線がある。
東京との利便を第一に考えて出来ている。
その結果おかしなことが起きている。
・青森ー秋田は特急があっても2時間40分。
ほとんどの時間帯は3時間以上かかる。
青森は東京まで3時間20分、秋田は東京まで4時間。
近県なのに、距離が相対的に遠ざかっている。
・秋田ー新潟は3時間40分。
新潟は東京まで2時間ちょっと。
日本海の距離は相対的に広がっている。
ということは青森から新潟は大宮経由で距離的には遠回りの方が早いということ。
・新潟ー糸魚川は2時間。
同じ県内であるが、新潟にとって糸魚川と東京は同じ時間。
この他にも大館ー新庄間は特急がなくなり非常に不便になり、
盛岡ー青森間は第三セクターとなり値段があがっている。
結局新幹線は東京の人が出張や観光に、地方の人が出張や観光に使うものであり、
生活の足ではない。生活の足はどんどん衰退していく。
そう考えた際に、私が納得できないのが福井県の新幹線誘致姿勢である。
もし福井や敦賀に新幹線が開通すると、東京から福井はおそらく3時間を切る。
しかし得られるものの割に代償は多い。
既に北陸新幹線の一部は第三セクターになることが決まっている。
特急王国の北陸新幹線においてこれは致命的で、
生活の足となる電車が減る上に、おそらく料金もあがる。
私の生まれ故郷石動は時々特急が止まる駅だが、もう止まらなくなるだろう。
父の故郷の最寄り駅である秋田県の湯沢駅を見れば急激に衰えることは間違いない。
福井はどうだろうか?
福井は今でも米原経由で東京から約3時間30分。
敦賀は3時間を切る。
仮に北陸新幹線ができても、東京との距離において時間の恩恵はほとんどない。
金沢から福井は約50分だから、北陸新幹線からの乗り継ぎで約3時間10分。
福井まで延伸しなくても延伸してもほとんどメリットは変わらない。
大阪から福井も現在1時間50分程度。
多少の時間短縮の代償として
・多大な工事費地元負担
・在来線の切り離しで生活の足が減り、料金があがる
・地元の負担以外に当然工事費が投じられる。これは税金である。
と考えると、福井への延伸はするべきではないというのが私の考え。
福井以外の人は税金を使われるだけだし、
福井の人も東京・名古屋・大阪とのつながりにおいてほとんど利便性がないどころか
生活的にはマイナスになる恐れもある。
むしろここは杓子定規に「新幹線誘致!」というのではなく、
頭を使って「実」を取りに行くべきだ。
例えば金沢から福井、米原から福井、京都から福井において
JRに特急の範囲でのスピードアップと増発、乗り換えの利便性向上を訴える。
場合によっては秋田新幹線や山形新幹線でやっているような
在来線との乗り入れによる乗り換え負担軽減も考えられるだろう。
名古屋どまりのこだまを延伸し、米原から乗り入れてもらうとか
金沢から乗り入れてもらうとか。
現在の東海道新幹線のダイヤを見ると、
のぞみが1時間に7本ぐらいあり、ひかりが2本、こだまが2本ぐらいだと思う。
新幹線は大都市間の交通手段になっており、その間の恩恵は実は少ない。
静岡県は1時間に11本も通るのに、とまるのはひかりの半分とこだまだけ。
民主党政権は新幹線についての政策を改め取捨選択する必要がある。
説明を省くが私は北海道新幹線の札幌延伸は賛成だが、
上記に書いたように北陸新幹線延伸は反対、長崎新幹線も反対。
むしろJRと地元が協議して最適な地域を盛り上げる策を考えるべきであり、
新幹線誘致は政治家の怠慢・逃げだと思う。
昨年のJリーグ。
一番の驚きはFC東京のJ2降格だった。
また、ここ数年上位争いをしていた清水エスパルスは今年も正念場で失速し、
優勝を逃した。
両チームとも天皇杯もいいところまでいったが、優勝には手が届いていない。
この両チームのオフは対照的。
方や主力がほぼ残留した東京、伊東・市川・西部など貢献者も放出し、
藤本・岡崎など主力に移籍の決定・噂がある清水。
ここで思うのは「どちらが正しい」んだろうか?
「チーム強化」「責任の所在」「チームとしてのアイデンティティ」の3つの視点があると思う。
1.チーム強化
この2チームはここ数年上位争いをすることはしばしばあったが、
重要な試合に勝ち切れず(東京は一昨年ナビスコ制したが)、リーグ優勝を出来ていない。
仲良し集団的な「ぬるま湯」体質は以前から指摘されている。
「皆で」ということは一見いいことのように見えるが、
逆にいえば「リーダー不在」「無責任」につながる。
私は個人的にあまり好きではないのだが、星野仙一監督は中日でも阪神でも
大幅な選手の入れ替えを断行した。
これは危機感をあおるのと同時に血の入れ替えを通して、チーム力の強化を図ったわけである。
そして、そこで加入した落合や金本などの活躍で見事優勝まで行っている。
その際には主力の放出も辞さない姿勢だ。
この点でFC東京の主力残留は「甘い」という見方もある。
陥落した選手たちで再度上に上がれるのか?という考え。
逆に清水は一部の選手は自分から他のステージを目指し出て行き、
一部の選手は放出され、一部は残留。
少なくとも半分以上、レギュラーは入れ替わる。
これによりチームの仲良し体質を一掃し強くなれば目的を達成できるかもしれない。
どちらがチーム強化につながるのか?
2.責任の所在
清水は長谷川監督は解任され、選手も放出されている。
それに対して東京は途中で監督は解任されたが、主力選手はほぼ残留している。
しかし成績不振の一番の原因はどこだろうか?
監督?フロント?サポーター?選手?
一番は選手にあるだろう。
もっといえば「チーム体質」にあるのかもしれない。
日本代表「候補」は多いが主力は少ない、
若いころから下の代の代表に入る人は多いのに、フル代表には定着しない。
このチーム体質。FC東京に入ると成長が止まるという人もいる。
平山・梶山・徳永などを見ているとそうだ。赤嶺は出て行って輝いた。
と考えると、選手の責任追及が弱いとも感じる。
優勝できない責任は選手にあるのか?ないのか?
3.チームとしてのアイデンティティ
しかし、仮に、優勝を目指すからといってなんでもいいのかという考えはある。
各チームのは戦術や選手育成などにおいてカラーがあり、
極端な話、選手が全員入れ替わって優勝したらいいのか?ということ。
特に応援しているサポーターは何らかの理由で共感して応援している。
強くなればいいというものではない。
その理由に選手は大きな影響を与える。
今回東京のサポーターは胸をなで下ろし、清水のサポーターは落胆しているだろう。
でもこれ自体本当にいいのか?
サポーターは何をチームに求めているのか?
東京は皆で上を目指すと言っている。自分から出ていく選手が少ないのはいいことだ。
しかし「クビ」になる選手が少なすぎるようにも感じる。
若手の重松がレンタルで出て行き、レンタル中の赤嶺は完全移籍、
レンタル加入していた大黒がいなくなるが、それ以外に「粛清」にあった人はいない。
いくらアイデンティティがといっても、ちょっと甘くないかと思う。
また、「お前らなんかと一緒にやってられねえから出ていく。裏切り者と呼ぶやつは呼べばいい」
という選手はいない。
この三つの観点は組織や国にも共通している。
JALの問題を見てもわかるように、社員は責任を取らず、継続を優先する。
整理解雇に訴訟なんて、破たんした会社の社員が何を言うという感じがする。
国も島国の特徴だろうが、国民自体が外国人の受け入れに消極的で、
出て行く人も少ない。
平時にはこれでいいし、「中間」的に生きる分にもこれでいい。
しかし乱世やトップを狙うにはどうなんだろうと思う。
やっぱりナンバーワンかオンリーワンを狙うプロスポーツの観点が
一人ひとりに必要だと思う。
ということで、サッカーの2チームを見て考えたことをつらつら書きました。