俺が、この町で暮らし始めた頃、銭湯通いをしていた。
その銭湯でいつも出会う、3人の小学生がいた。3人は兄弟で、その末っ子が《タケシ》と言う名前の子だった。

タケシは小学4年生。とてもやんちゃな子で、銭湯で出会うといつも、お湯のかけ合いをして遊んだ。

時は過ぎ、タケシが18歳の頃、俺が働いていた建設会社に就職してきた。
当時の俺は、その会社で《番頭》をしていたから、タケシをいろんな現場へと、連れて行った。
そんなある日、タケシが事件を起こし、逮捕されてしまった。そして、少年院に送られることとなった。
タケシの母親から

『あの子が戻ってきたら、くれぐれも宜しく御願い致します。どうか、面倒をみてやって下さい。御願い致します。』

と、頼まれた。

少年院を出てきたタケシは、俺とは違う会社に就職したが、悩んだり、困ったことがあると、必ず俺に、相談してきた。

そのタケシが、また逮捕されたことを聞いた。
もう、31歳……。事件は《恐喝》……。

心配になり、酒屋の配達の休憩時間に、何度も留置場へと足を運んだ。でも、弁護士以外は《接見禁止》になっていて、なかなか会わせてもらえなかった。
1週間ほど通い続けて、やっと《接見禁止》がとけ、ようやく会わせてもらえることになった。

面会室に、タケシが現れた。

『法太さん。どうもすみません。』

俺は《何があった?》と聞こうとしたけど、やめた。聞いたところで、どうなるものでもない。
暫く、沈黙が続いた。
タケシは、数年前に母親を亡くした。父親の顔は知らない。兄弟とも疎遠になっていた。

『法太さん。本当にすみません。それしか、言葉がありません。』

『やってしもたことを、俺に詫びても仕方ないやろ?  これからどうするか、どう生きていくか、しっかりと考えんとな……。』

それだけ話すと、俺は面会室を出た。

タケシは、俺のLIVEの日にはまだ、おそらく釈放されてないだろう。
でも、何かを伝えたい……。
《再生》を誓う俺……。
再び《道に迷った》タケシ……。

その後も、何度も何度も、留置場へと足を運んだ。
できることなら、俺の《再生の瞬間》に、その場にいてほしいと、願いながら……。

LIVE前の、ヘヴィな問題……。
でも、タケシも《再生》してほしい……。

あの時の、タケシの母親の言葉が、ずっと胸に響いていたからだ……。

《タケシを、宜しく御願い致します》………。


タケシは、どことなく俺と似た生き方をしていたから……。
LIVEはやる、何があっても。
もう、グズグズするのは嫌だ。


ある日曜日、朝からイベント・スタッフのバイトが入った。
これまでにも《ハウンド・ドッグ》や《森山良子》、《南こうせつ》や《沢田研二》《美川憲一》なんかの、バックステージ・スタッフの仕事をしたことはあるが、今回は、アマチュア・バンドのイベントだった。

ステージ・スタッフとして、バンドや機材の入れ替え、セッティングの作業。

出演していたバンドの中に、とてもギターの上手い人がいた。俺は、スタッフの仕事も忘れて、その人のギターを聴いていた。
年齢は、俺よりも上のようだ。そのバンドのLIVEが終わった直後、その人に声をかけた。

『突然すみません。俺も、唄を唄ってます。』

『そうですか。』

『突然で、本当に申し訳ないんですが、5月の23日にLIVEをやるので、ギターを弾いてもらえませんか?』

『えっ!?……。私でよければ、構いませんが……。』

咄嗟の出来事で、俺自身、驚いた。
しかし、あっさりOKされて、拍子抜けした。
名前は《正本さん》と言う男性。これで、LIVEへの弾みがついた。

とにかく《やれること》を、精一杯やる。

本番のステージでは、ソロで唄う曲だったり、ギター2台での構成だったり、もう1人のギタリスト《丹波さん》と言う人も、参加してくれる。

みんな、俺よりも歳上。
バンド時代とは《真逆》のシチュエーション。
バンドの頃のメンバーは、みんな歳下だったから。

変な気を遣うこともなく、楽しめそうだ。


久しぶりに《芸能界》というか《そんな業界》の、汚い部分、汚い人間に遭遇した。
自分の手を汚すこともなく、夢を追いかける人間の気持ちに付け入り、私利私欲を貪る輩……。

こんな話は《そんな業界》じゃぁ、日常茶飯事なんだろうけどな………。

何事も無かったように、時間が過ぎていった。
俺は、昼間の酒屋の配達に加えて、夜のバイトも始めてた。居酒屋で《焼き物》担当で。

周囲の人々は、俺が無理をしていると思ってたようだが、精神的には落ち着いていた。
酒屋の配達のバイトは、朝9時30~5時半までと、朝がゆっくりだし、居酒屋のバイトも、6時~10時までだし、毎日というわけでもないから、苦痛じゃない。


あの、嫌な話から2週間が過ぎた頃、仮予約をしていた会場から、会場費を払うようにと、催促の電話があった。使用しないなら、解約してほしいと。

バイトを終え、1人の部屋。

会場のことを考えていた。
元はと言えば、まるでペテン師のような輩に担がれて、仮予約した会場だ。キャンセルしたところで、べつに何の支障もない。しかも会場は、立ち見で200人ぐらいは収容できる、俺には広すぎる会場。

《キャンセルしよう。俺には無理だ》

そう思った時、様々な思い出が、胸をよぎった。
これまで、ステージに立つことばかり考えて、生きてきた日々……。
良かれと思ってしてきた事が、悉く裏目に出て、何もかも失い、病院のベッドで涙を流し続けた日々……。
死ぬことばかりを考え、闇を彷徨い続けた日々……。
《このまま終わりたくない!》と、再起を誓った夜……。

《唄ってみよう。ダメでもともとや。もう、失くすものなんてないしな……。》

素直な気持ちだった。
会場は広い。広すぎる。俺が頑張ったところで、お客さんはせいぜい30~40人ぐらいだろう。
でも、そこには《ステージ》がある。いつまで経っても憧れる《ステージ》がある。
バンドという形でやるにしても、メンバーは、集まらないかもしれない。でも、唄いたいから。

翌日、会場に電話をかけた。

『もしもし。5月23日の会場を、仮予約した者ですが……。』

これでいい。ギターが下手でも、たった1人でもいい。そこには、俺の大好きな《ステージ》があるんだから。