まさか、こんな状態になるとは……。

思い描いてた理想や願い、目指してきたものが、木っ端微塵に砕け散った感じだ。
やけ酒でも飲みたい気分だが、そんな時間も、余裕もない。居酒屋のバイトに行かなきゃ。

こんな夜にかぎって、大忙し。お茶を飲む時間も無いほど、焼き物だらけ。焼き物の合間を縫って、食器洗い。お客のバカ笑いや大声が、とても耳障りだ。暴れてしまいたい衝動に駆られるが、なんとか堪えた。

バイトも終わり、コンビニに寄って少しだけ、ビールを買って帰った。

ビールを飲みながら、BOROのCDを聴いた。

悔しくてたまらない。もはや、ドタキャンした連中のことなんて、どうでもよかった。ただただ、悔しくてたまらない。こんな思いをするために、踏ん張ってきたわけじゃないのに……。

泣けてきた。これまで生きてきた意味が、こんな結末を迎えるためのものにさえ、感じていた。

『6年前、全部を失った時に、音楽なんてやめときゃよかった……。』

そんな独り言が口を突いて出た時、美雪が知人に話したという言葉を思い出した。

『離婚しても、あの人に音楽をやめないようにと、伝えて下さい。あの人は、音楽をやめてしまったら、何も残りませんから……。』

入院中、知人からその《美雪の伝言》を聞いて、奮起したもんだ。でも、さすがに今度ばかりは、もう………。

CDデッキの曲が変わり《ランナーの靴音》が流れてきた。


夜行バスを乗り継いで  人生は果てしなく
ジグザグに揺れ惑う道だけが  遠く続くだけ
苦しみの坂道を過ぎて  絶望の崖を抜けて
諦めの停車場も過ぎて  町の灯りが見える
立ち上がれ!立ち上がれ!立ち上がれ!
靴音の中!
苦しみに汚れない《勝利》など
聞いたことがない!


苦しい………。
でも、この苦しみがあるからこそ、こんな《小さな町》の《小さなLIVE》が、俺にとって《大きな意味》を持たせてくれるのかもしれない。

ギターケースから、ギターを出した。

『最悪、1人でもやれるな……。やれることを、精一杯、やってみよ。』

ギターだけは、いつもと変わらない音を出してくれた。


タケシの逮捕……。

幸生の裏切り……。

《泣きっ面に蜂》って、このことだよな。

でも、LIVEはやらなきゃ。

毎晩、居酒屋のバイト帰りに、知り合いの飲み屋等に、チケットを売りに歩いた。なかには、絡んでくる酔っ払いもいた。

昼夜のバイト。
毎晩、チケットを売りに歩く。
タケシの逮捕。
幸生の裏切り。

精神的には、けっこうキツかったが、バンドメンバーは、ギターと、ベースの人も参加してくれることになっていた。

ベースの人は、御歳70歳超え。
自称だが《元プロ》らしい。いずれにしても、《弾いてやる》という心意気が、嬉しかった。

しかし、何度かスタジオ入りしているうちに、そのベースの人は、曲をほとんど覚えてないことに気付いた。
やっぱり無理だと思った俺は、丁重にお断りしようとしたんだが、相手は、やめないという。
そんな気持ちが嬉しくて、このメンバーでいこうと決めた、ある日………。

ベースの人から電話があった。

『楽譜が無いと、やっぱりわからん!
  そもそもワシは、LIVEに出るとは一言も言うてない!』

愚にもつかない言い草……。
《ベースが抜ける》ということが、どれほど大変なことか、解らんわけでもなかろうが……。

《試練》というものは、どこまで過酷なんだろう……?
ただ《LIVEをしたい》だけなのに………。

さすがに、心が折れた。
もう、LIVEは中止にしよう。所詮《たかがLIVE》だ。もう、こんな煩わしいことなんて、ウンザリだ。

そう思った夜、俺は、携帯電話の電源を切った。もう、誰からの連絡もいらない。ギターなんて、見たくも触りたくもない。
所詮、俺の人生に《再生》なんて必要ない。

《泣きっ面に蜂》の面に、また《蜂》だ。


仕事の合間を縫って、タケシとの面会。
夜は、バイト終わりから、チケットを売りに歩く。
知り合いの飲み屋に、チラシを貼ってもらう。
休日は、スタジオ入り。

そんな毎日を過ごしていたある日《幸生(サチオ)》と、再会した。

この町に来た頃《幸生》と友人になったことは、前に書いた。
幸生も昔は、俺と同じ夢をみていた。しかし、大きな挫折を味わい、この世界から離れていった。

俺は幸生に《再生LIVE》をすることを告げ、何曲でもいいから、一緒に唄いたいと申し出た。幸生が、音楽に対して今もまだ、くすぶった気持ちがあることを、俺は知っていたからだ。

『なぁ、幸生。俺と一緒に、もう一度ステージに立とうや!  で、思いっきり唄って、気持ちにケリを着けんか?』

『OK!やろう!やろう!』

それ以来、バイトを終えては、俺の部屋でリハーサルをした。
幸生は、自分で会社をやってたが、俺は、昼夜働いて、生計を立てる身。リハーサル後のバイトは、正直言ってしんどかったが、それでも幸生と一緒に《再生》のステージに立てることが、心から嬉しかった。


そんなある日。
昼間のバイト中に、幸生からメールが来た。

《LIVEに出て、俺に何の得がある?  出るのはやめた。》

と……。

俺は、何のことかまったく、理解できなかったので、

《何かあったか?》

と返信すると

《お前は目立つからええけど、俺が目立たない》

と………。


言葉を失った。
元々、幸生は《自己中心主義》。だから、大きな挫折もした。それでも俺が、LIVEの誘いをしてOKしてくれた時、幸生も大人になったな、と、嬉しかったんだが………。

《こんなに色々と大変なら、LIVEなんて決めなきゃよかった》
と言う気持ちが、俺の心を支配しようとする。

《負けたらアカン!》
自分を鼓舞して、リハーサルとチケット売りの毎日。

『最高のLIVEにするからな!』

と、チケットを売りながら笑う俺。
でも、心の中は《不安》だらけだった。
逃げ出したくて、フラフラだった。

幸生の《ドタキャン》よりも、幸生の《心》が、とても悲しかった。

結局、幸生はずっと《マンネリ》から抜け出してなかった。