俺が4歳の10月、弟が生まれた。名前は正公。
そして、翌年11月には、もう1人の弟が生まれた。名前は明正。
これで我が家は、男ばかりの4人兄弟になった。
この頃の両親は、本当に仲が悪かった。毎日毎日、喧嘩の繰り返し。
ケンカと言っても、親父が母親を、一方的に責めるだけ。殴る蹴るなんて日常茶飯事、目にした。幼い俺は、為すすべもなく恐れながら、その様子を見ていた。
家の中は、親父に対する【恐怖心】と、母親に対する【不憫さ】のような感情だけが、日々、漂ってた。
そんなある日、兄貴と俺を残して、母親が出て行った。
あの頃の俺は、毎日のように母親が親父に殴られ、【可哀想】と言う思いはあったが、真の【母親の苦しみ】など知るよしもなく、ただ【母親に捨てられた】と言う思いしかなかった。何故なら、【母親がいない】と言う、どうしようもない【現実】だけが、目の前にあったからだ。
寧ろ、5歳ぐらいの俺が、母親の真の【苦しみ】を理解してるほうが、おかしい。
母親が出て行った後の親父は、毎日とても不安そうで、それを紛らすかのように、いつも俺に八つ当たっていた。
あの頃の親父に対する記憶は、やっぱり【暴力的な人物】だった。
約1ヶ月ぐらいして、母親と弟達が帰ってきたが、やっぱり喧嘩ばかりしてた。
母親は、いつも泣いていた。それを見るのが、とても悲しかった。
あの頃からだったと思う。親父を憎むようになったのは……。
その頃、この国の学生が、よく暴動を起こしていたのを、ニュースで観た記憶がある。
そうそう、あの連合赤軍の【浅間山荘立て籠り事件】も、TVでやってた記憶が残ってる。
森田童子か……。
懐かしいな………。