LIVEの翌朝。

横には、彼女が眠っている。
まるで【これまで何事も無かった・生まれて此方、ずっとこのままだった】と言うような、変な錯覚を起こす。

ベッドからそっと出て、缶コーヒーを買いに行く。
コンビニまで、車で行ってもいいんだけど、なんとなく、歩きたい気分だった。
何か変だ。いつもの俺じゃない。あんな【大事件】があって、正直、どうしたらいいのかまったく判らず、あんなにもがいて………。
そのうえ1ヶ月後には、もう1つのイベントが控えてて………。
いつもの俺なら、悶々としてるはずなのに……。
何か変だ……。

缶コーヒーを買って、家に帰ると声が聞こえた。

『おかえりなさい。』

嬉しかった。家に帰ると、当たり前のように、【声が聞こえる】ことが、嬉しかった。

『昨夜は、楽しかったね。』

『LIVEが?  それとも、その後のデートが?』

『法太君、テキーラをたくさん飲んでたよ。』

『ふぅん…。そうかぁ。』

対応の仕方が判らない。照れくさいと言うか、なんと言うか………。
俺は、恋愛に疎いわけでも、付き合った経験がないわけでもない。ただ、今までとは明らかに違う【何か】を、彼女に感じていた。

2人で街をぶらつき、帰宅して夕食を一緒に食べた後、

『また明日、会社でね。』

と言って、彼女は帰っていった。


1ヶ月後のイベント。これもまた、なんとか無事に終了。
野外イベントだったので、機材トラブルはあったものの、LIVEには直接、影響は出なかったことは、幸いだった。

打ち上げの時、事故ったメンバーが俺に言った。

『法太君、ゴメンな。俺、交通刑務所に入ることになると思う………。』

『そうか………。』

それしか、言葉が出なかった。
【罪は償うもの】と言うルールのことは、俺は、嫌というほど知っているから……。少年時代から、その繰り返しで生きてきたから………。
仕方ない。レコーディングも、中断するしかないな………。

家に帰ると、先に戻ってた彼女が、待っててくれた。
書き忘れたが、彼女の名前は【美雪(みゆき)】と言う。


俺は、酒に酔ってたせいもあってか、一部始終を美雪に話した。

『そう……。大変やね……。』

彼女も、それしか言えない。そりゃそうだろう。内容が、内容だから……。

夜も更けた。
帰る美雪を、玄関まで送った。

『今夜、泊まっていかん?』

俺は自分が、明らかに弱気になってることに気づいてて、1人でいたくなかった。

『また明日、会社でね。』

そう言って、美雪は帰っていった。


翌日の昼休み。
いつもの駐車場に、彼女は来なかった。
俺のせいだな……。弱気になって、帰ろうとする美雪を、ついつい引き止めようとしてしまったから……。会社の人から、彼女は早退したと聞いた。俺と顔を合わせにくいんだろうな……。



【弱り目に祟り目】な気分で、仕事を終えて帰宅。ドアノブに鍵を入れると、鍵が開いていた。
ドアを開けると、部屋の奥から声が聞こえた。

『おかえりなさい。』

部屋には、彼女の荷物があった。


出来過ぎた、安っぽいドラマのような展開だが、こんな【小さな真実の物語】もある。



俺自身、信じられないような展開で、まるで映画でも観てるようだったよ(笑)
悪夢のような出来事から、2日が過ぎた。
メンバーは、48時間の拘留期限が切れ、釈放された。
俺はすぐに、メンバーの家に会いに行ったが、顔を見ても、どんな声をかければいいのか分からず、言葉が出ない。
少しだけ話を聞いたが、思い出したくないだろう。相手が、亡くなられてるんだから………。

まるで、何事も無かったかのように、毎日が過ぎていく……。俺の、心のモヤモヤなんて、まったく関係なく………。

近々、イベントがあるっていうのに、選曲とか流れとか、何ひとつ浮かばない……。

いつものように、車の中で昼休み。
彼女は、俺の状況を知っているのに、何も聞かない。敢えて、違う話題を作ってくれる。
つい、俺の本音が口を突いた。

『なぁ……。今度のイベント、俺達の出演は、やめとこうかなぁ……?』

『やればいいやん!私も楽しみやし、お客さんも楽しみにしてくれてるんやろ?  じゃあ、頑張って!』

背中を押してもらった気分だった。
俺の、今の苦悩も、もちろん俺の過去も、すべて知っている。そんな俺を、心から応援してくれる。とても嬉しく、ありがたかった。

1週間後、イベントをなんとか開催できた。事故をしたメンバーも、普通に演奏してくれた。
もちろん、彼女も来ていた。
俺は、ステージ上から言った。

『色々と、御心配をかけましたけど、俺達は元気です!これからも、どうぞよろしく!  それと、今夜の打ち上げを楽しみにしてくれてる人達、LIVEが終わったら、俺は行方不明になるんで、あとはよろしく!』

イベントが終わり、片付けも済んだ。
俺は、出演バンドやスタッフに御礼を言った後、打ち上げ会場には行かず、彼女と2人で、一夜だけの、ちょっとチープな【行方不明】になった……。


LIVEを続けるためには、食っていかなきゃ続けられない。
昼間は仕事をして、夜はリハーサルの繰り返し。多忙で、とても充実した毎日だった。


会社での昼休み。
俺はいつも、駐車場に停めてある車の中で1人、ご飯を食べていた。食べ終わったら、新聞や本を読んだり、カセットテープで音楽を聴いてた。

俺の車の前を、毎日決まって通る、女性がいた。毎日毎日、ほぼ同じ時刻に。
その女性と、今日は目が合った。微笑みながら、近づいてきた。

『いつも、ここで食べてますね。』

『うん。』

『事務所では食べないんですか?』

『うん。人、多いから。』

『じゃあ、私も一緒にいいですか?』

『は?  べつにええけど………。』

その日から毎日、一緒にご飯を食べた。


俺は【恋愛】と言うものに、縁がなかったわけでも、してこなかったわけでもない。
ただ敢えて、この小説では書いてこなかった。
でも、この女性のことだけは、どうしても書き残したい。

数週間後、俺達は付き合うことになった。とても、自然な流れだった。
素直に嬉しかったし、【恋愛】と言うものは、俺に力を与えてくれた。


忘れもしない、1995年の6月15日……。

2つのイベントの、ミーティングが重なった。
メンバーの1人が、俺とは違うミーティングに行くので、俺には、もう1つのミーティングに行ってほしいと言ってきた。

あれを【虫の知らせ】と言うんだろうか………。
いつもならば、合理的に考えて、お互い別々のミーティングに出ることに賛成する俺が、その日にかぎって、
『一緒に行って、2つのミーティングを廻ろう』
と言った。しかしメンバーは、拒んだ。

俺のほうのミーティングは、無事に終了。
帰宅し、酒を飲みながら、ニュースを観ていると、突然、電話が鳴った。相手は、スタッフからだった。

『大変や!アイツ、事故ったぞ!』

メンバーは、ミーティングの終了後、他のボランティアグループの連中と、酒を飲みに行き、その帰り道、大型トラックと接触事故を起こした。
メンバーの車を避けようとした、大型トラックの運転手は、死亡………。

他のメンバーに連絡を取り、迎えに来てもらって、急いで事故現場に。
そこには、2台の大型トラックと、メンバーの車が、グチャグチャになっていた。

『危ないから入らないで!』

警察官の制止を無視して、入っていった。
そこは、横倒しになったトラックの、運転手の流血で、血まみれだった。

『どうなってしまうんや………。』

これまで感じたことがない、不安と恐怖が、一晩中、俺を襲った……。