どうも。
むとうさんです。
自発的な行動ができるかどうかで明暗を分ける世界こそが
ビジネスだと思う今日この頃なのですが、どうやらそういった人は
僕が思っている以上に少ないようです。
なぜ少ないのかと言えば、結局のところ、大半の人は
「怠慢」というものを持ってしまっているからです。
つまり、自分自身が行動せずに、楽にどうにかしたいと、
そう考えてるわけです。
気持ちがものすごく分かるのですが、それでは何も変わらないし、
始まらないというのが現実です。
それが分かっていながらも、怠けてしまう。
それぐらいに人というのは、自分自身がよっぽど
興味のあることぐらいにしか心血を注がないのです。
ビジネスに関して言えば、あらゆる物事を客観的に見て、
実験を繰り返したり、その結果を元に行動したりします。
実際、この行為というのは、かなり面倒くさいですし、
疲れも伴います。
できることなら全て誰かにやってもらいたいぐらいです。
しかし、ビジネスを志す以上、それらを人にやってもらうには
あまりにもリスクがありすぎます。
理由の一つとして、
「自分の目で確かめられない」
という部分があるからです。
誰かに何かを提供する側の人間は、最低でも、
自分自身が体験や経験したことから発想を得たり、
ヒントを得たりして、何かを提供するものです。
他人の目で見てきたことを、文章だったり、その人の言葉だったりで
伝えられても、本当に良い物はできないと思います。
ちょっと考えてみて欲しいのですが、例えば、
他人がどこか旅行に行って、全然良くなかった、
と言っていたとしても、いざ自分で行ってみたら、
もの凄く良かったなんてことがあると思います。
要するに、一人一人の感じ方や、物事の捉え方などは
かなり差があるということなのです。
「他人が体験したことや経験したことの方がいいこともありそう」
なんて思ったかもしれませんが、それでは自分自身ではなくなってしまい、
見てきたその人になってしまうおそれがあるのです。
他人の体験や経験からくる話というのは、悪魔でも
参考程度に留めておくのが妥当だと思います。
個性がより重要になってくるこれからの時代に、
自分自身という個性を、自発的に作り出すことができなければ、
いつまで経っても他人に頼ってしまうことになります。
それはあまりにも危険すぎる。
頼るべき時には頼ってもいいとは思うのですが、
自分自身の個性を形成するには、頼り過ぎはよくないです。
自分自身の耳や、目、手、足、体、それら全てで感じたことは
多大なる財産になるということを覚えておいて欲しいと思います。
見えてくるものがある、という言葉は、そういった
数々の体験や経験が元になって、今の今まで言われてきた言葉です。
その言葉を自分のものにするのも、結局自分から動かなくては
得られない言葉だと思います。
自発的に動かないといけない理由は、こういった要素もあり、
だからこそやるべきなのです。
自分が信じている相手が、なんの体験や経験もせずに
それっぽいことしか言わない貧弱なやつだったとしたら、
聞く耳なんて持ちたくないはずです。
そうなるか、ならないかは、全てあなた自身が
握っているということです。
つまりは、これらが前回の最後にお話した、
「自己責任」ということに繋がってくるのです。
面倒くさいことでも、やらずに知ったかぶってしまえば、
いずれバレる時がきますし、そんな言動に振り回されるほど
今を生きている人は、バカじゃありません。
やるか、やらないか。
たったこれだけのことなんですが、今話してきたように、
楽をしたいから、自分が大切だから、という手前勝手な理由で
自らを潰すことになるのです。
一生死ぬまで消費するだけの存在でいたいのならば、
それはそれでいいと思います。
そういった人達も、必要でしょうから。
でも、このブログを読んでいるあなたは、
きっとそうは思っていないはずです。
たとえ、邪な理由からでもビジネスを始めたのならば、
それ相応のことは、自発的にやるべきなのです。
そうでなければ、誰からも相手にはされません。
何かの歌であった、オンリーワンの自分を作りだすことは
できないわけですから。
食べたい時に食べれて、遊びたい時には、ちょっと外へ出れば
何かしら遊べるものがあって、物も溢れかえっている時です。
そんな時代に他人に頼りきって生きてる人間が、
何か特別なものを生み出せるとは、到底思えません。
それは、精神的な意味での、他人に頼るという側面もあって、
つまりは、「他人の言葉を自分の言葉にしてしまう」ということです。
これって言ってみたら、著作権法違反となんら変わりはありません。
影響を受けた言葉から、自分自身を形成するのはいいのですが、
それをそっくりそのまま使ってしまうのは、自分自身ではないし、
盗みをしているのと大差ありません。
そういった部分も含めて、他人に頼らず、自らの頭を使って、
これからの時代を乗り切って欲しいと思います。
それから、少し話がズレてしまうのですが、
「文章や言葉の説得力」に関して話そうと思います。
ブログなんで今回はこの辺にしておきますが、
説得力って一体何なのか、を考えてもらえると嬉しいです。
ここで考えるのと、考えないのでは、後々周りとの差が
かなり出てくると思いますので。
それではまた、どうもでした。
むとうさんです。
自発的な行動ができるかどうかで明暗を分ける世界こそが
ビジネスだと思う今日この頃なのですが、どうやらそういった人は
僕が思っている以上に少ないようです。
なぜ少ないのかと言えば、結局のところ、大半の人は
「怠慢」というものを持ってしまっているからです。
つまり、自分自身が行動せずに、楽にどうにかしたいと、
そう考えてるわけです。
気持ちがものすごく分かるのですが、それでは何も変わらないし、
始まらないというのが現実です。
それが分かっていながらも、怠けてしまう。
それぐらいに人というのは、自分自身がよっぽど
興味のあることぐらいにしか心血を注がないのです。
ビジネスに関して言えば、あらゆる物事を客観的に見て、
実験を繰り返したり、その結果を元に行動したりします。
実際、この行為というのは、かなり面倒くさいですし、
疲れも伴います。
できることなら全て誰かにやってもらいたいぐらいです。
しかし、ビジネスを志す以上、それらを人にやってもらうには
あまりにもリスクがありすぎます。
理由の一つとして、
「自分の目で確かめられない」
という部分があるからです。
誰かに何かを提供する側の人間は、最低でも、
自分自身が体験や経験したことから発想を得たり、
ヒントを得たりして、何かを提供するものです。
他人の目で見てきたことを、文章だったり、その人の言葉だったりで
伝えられても、本当に良い物はできないと思います。
ちょっと考えてみて欲しいのですが、例えば、
他人がどこか旅行に行って、全然良くなかった、
と言っていたとしても、いざ自分で行ってみたら、
もの凄く良かったなんてことがあると思います。
要するに、一人一人の感じ方や、物事の捉え方などは
かなり差があるということなのです。
「他人が体験したことや経験したことの方がいいこともありそう」
なんて思ったかもしれませんが、それでは自分自身ではなくなってしまい、
見てきたその人になってしまうおそれがあるのです。
他人の体験や経験からくる話というのは、悪魔でも
参考程度に留めておくのが妥当だと思います。
個性がより重要になってくるこれからの時代に、
自分自身という個性を、自発的に作り出すことができなければ、
いつまで経っても他人に頼ってしまうことになります。
それはあまりにも危険すぎる。
頼るべき時には頼ってもいいとは思うのですが、
自分自身の個性を形成するには、頼り過ぎはよくないです。
自分自身の耳や、目、手、足、体、それら全てで感じたことは
多大なる財産になるということを覚えておいて欲しいと思います。
見えてくるものがある、という言葉は、そういった
数々の体験や経験が元になって、今の今まで言われてきた言葉です。
その言葉を自分のものにするのも、結局自分から動かなくては
得られない言葉だと思います。
自発的に動かないといけない理由は、こういった要素もあり、
だからこそやるべきなのです。
自分が信じている相手が、なんの体験や経験もせずに
それっぽいことしか言わない貧弱なやつだったとしたら、
聞く耳なんて持ちたくないはずです。
そうなるか、ならないかは、全てあなた自身が
握っているということです。
つまりは、これらが前回の最後にお話した、
「自己責任」ということに繋がってくるのです。
面倒くさいことでも、やらずに知ったかぶってしまえば、
いずれバレる時がきますし、そんな言動に振り回されるほど
今を生きている人は、バカじゃありません。
やるか、やらないか。
たったこれだけのことなんですが、今話してきたように、
楽をしたいから、自分が大切だから、という手前勝手な理由で
自らを潰すことになるのです。
一生死ぬまで消費するだけの存在でいたいのならば、
それはそれでいいと思います。
そういった人達も、必要でしょうから。
でも、このブログを読んでいるあなたは、
きっとそうは思っていないはずです。
たとえ、邪な理由からでもビジネスを始めたのならば、
それ相応のことは、自発的にやるべきなのです。
そうでなければ、誰からも相手にはされません。
何かの歌であった、オンリーワンの自分を作りだすことは
できないわけですから。
食べたい時に食べれて、遊びたい時には、ちょっと外へ出れば
何かしら遊べるものがあって、物も溢れかえっている時です。
そんな時代に他人に頼りきって生きてる人間が、
何か特別なものを生み出せるとは、到底思えません。
それは、精神的な意味での、他人に頼るという側面もあって、
つまりは、「他人の言葉を自分の言葉にしてしまう」ということです。
これって言ってみたら、著作権法違反となんら変わりはありません。
影響を受けた言葉から、自分自身を形成するのはいいのですが、
それをそっくりそのまま使ってしまうのは、自分自身ではないし、
盗みをしているのと大差ありません。
そういった部分も含めて、他人に頼らず、自らの頭を使って、
これからの時代を乗り切って欲しいと思います。
それから、少し話がズレてしまうのですが、
「文章や言葉の説得力」に関して話そうと思います。
ブログなんで今回はこの辺にしておきますが、
説得力って一体何なのか、を考えてもらえると嬉しいです。
ここで考えるのと、考えないのでは、後々周りとの差が
かなり出てくると思いますので。
それではまた、どうもでした。