どうも。

むとうさんです。


ここ最近とういか、ある程度前々から考えてはいたのですが、
ユニークでなきゃいけない理由、とは何なのか。

単純に考えてみると、“差別化”というのが思い浮かびました。


この表現は、色々なところで話されているので、
今更この話をしても仕方が無いので、別の視点から
ユニークでなきゃいけない理由を考察しようと思います。



今年の頭に僕は「個性がより大事」という記事を書きましたが、
ユニークとはその後にくる概念という事を覚えておいて下さい。


個性とユニークは非常に近い概念ではありますが、
似て非なるものです。


いくら個性が強くとも、それが他人に理解される事がなければ、
自慰行為となんら変わりは無いのです。


自分の中だけで終わってしまい、誰からも評価をされない。

それでは僕の言っているユニークに届く事もないのです。


近頃では、みんなが同じような事を言い合い、
誰が誰だか分からない、なんてごく当たり前に起こっています。


よく聞くヤツで、みんなで渡れば怖くない精神、つまりは
日本人独特の考え方が今も残っているのです。


この辺を少しでも意識を変えて取り組んでいく事が、
僕達日本人に課せられた、最大の使命のようにも思えます。


僕が思うに、日本人は世界的に見ても能力がある方だと思うし、
一人一人の力はかなり上に位置していると思います。


ただ、何をどうしていいのやらを知らないケースが多い。


日本の教育上、経営の関する授業なんかは、
ほぼ無いに等しい状況です。


僕達がまだ生まれてくる前の時代に、今の教育ならば
マッチしていたと思いますが、今はそうではない。


時代が変化している事に、気付いているのに変えないのか
それともただアホみたいに、同じことをしていれば
いずれ変わるだろう、と思っているのか。


いずれにしても、自発的に物事に取り組んでいかなければ、
今の状態から抜け出す事は、かなり困難だと思います。


周りと同じ考え方では、これから先、生き残っていく事は
ビジネス上であろうとなかろうと、絶望的な状況になり兼ねないのです。


だから僕は、声を大にして何でもいいから、少しでもやりたいと思った事を
即座にやって欲しいと言いたいのです。


例えばそれが、本を読むでもいいですし、
体験した事の無い事をするでもいいと思います。


どんなに小さな事でも、あなた自身を変える何かが
常にその辺に転がっているという事を意識して下さい。


無駄な事など無い!と断言はできませんが、
何が自分にとっての起爆剤になるのかなんていうのは
僕にもあなたにも分からない事です。


これをこうしようとか、明確にする事も大事ですが、
これはどうだろう?と思った事でも、積極的に飛び込んでいく事は
決してマイナスになるとは限らないのです。


不確定要素が多いからやらない、ではどこまでいっても
いつまで経っても、何も変わらないわけであって、
自らの殻を破る事はできなくなってしまうんです。


そんな殻を破る事もできないヤツの話なんて
今の時代、一体誰が聞く耳を持つのかと。


例え個性があったところで、ユニークにたどり着く事は、
到底叶わないと思います。


どんな事でもいい。

少しでもやってみたいと思った事を、今この瞬間から
始めてみる事を強く願っています。
どうも。

むとうさんです。


想像力を使う、と言っても、正しい使い方を知っていなければ、
おかしな使い方をしてしまう危険があります。


何かを創造する時に必要な要素の一つが、想像力ですが、
間違った想像ほど、厄介なものはありません。


現実逃避などの想像は無意味であり、
間違っています。


現実から目を背ける事と、想像力を働かせる事は
まったく違うのです。


物事が上手くいくイメージ、というのが
ダメな方に当てはまります。


意識を高めるという意味では、ある側面から見ると
正解かもしれませんが、価値を創造するという点から見れば
真逆に作用してしまいます。


なぜならば、上手くいく事の方が少ないのが現実だからです。

何事も上手くいくだろう、だけではいけないのです。


人間には学習能力が備わっているわけで、失敗をした時に考えるのは
「次も失敗するかもしれない」
というのが浮かぶはずです。

トラウマと言ってもいいかもしれません。


しかし、この感情の裏には、「でも、やってみなきゃ分からない」
という逆の顔も存在しています。


プラス、失敗から学習をして、次に繋げようと意識を持つ事ができる。

“失敗”というワードが含まれているという事は、
失敗する事こそが最高の材料というのが分かっているからなのです。


それとは逆に、すべてが上手くいくだろうという想像は、
一見良さそうに思えますが、その反面、危険性も帯びているのです。


失敗したとしても、「次は大丈夫だろう、いける、いける」
と思いがちになって、学習をしようとしないのです。


そう考えると、なんでもかんでもポジティブに考える事は
あまり良い事では無いように思えるんです。


ネガティブから発生するポジティブというのも、
意外とあったりして、これは要するに、
捉え方一つで、良いようにも取れるし、その逆も然りという事です。


一般的に「これは良くない」という、さもそれが当たり前のようにダメだと
言われる事が、本当に良くない事なのか?と考えてみる事が重要なのです。


誰がどう見てもダメだと思ったとしても、そのダメなところから、
良い方向へと転換できないかと考える事も要素の一つです。


つまりは、“ネガティブな事実はあるがそこで終わっていいのか”
という考えに切り替える必要があるという事です。


現実から逃避してしまう思考回路というのは、
一種の“諦め”に似たようなものです。


逃避を繰り返そうとする原因は、ネガティブで終わってしまうからです。

物事に答えは無い、という言葉を聞いた事があるかもしれませんが、
まさにその感覚と一緒なのです。


成功へのイメージをするのをやめろとは言いませんが、
もっと別の部分で想像力を働かせる事が、ビジネスをする上での
使命だと思います。


この想像力に関しても、いつも言っている通り
バランスが大事になってきます。


どちらか一方だけに、度が過ぎると、バランスを崩して
遠回りになってしまうのです。


片方に傾いたシーソーは、あれよあれよという間に
地面についてしまい、バランスを取るまでに時間が掛かってしまいます。


事前にバランスの重要性を知っておく事は、
無駄な時間を省く事になるわけです。


そう考えれば、想像力に関して、今まで以上に
考える時間を取っても、間違って無いと思います。


ただ、一つだけ補足として言っておくと、
遠回りに思える事でも、それ自体が必ず無駄になるわけではないので
無駄な事は無いと考えるのも、また少し違った視点から
物事を考える良い方法かもしれません。


その辺に関してはまた後日、改めて。
あ、どうも。

むとうさんです。


僕達の身の周りには、ごくごく当たり前に存在しているものがあり
その一つが“お金”です。


このお金に関して、どういった感情を抱き、
どういった気持ちで接しているのか。


今回改めて考えていこうと思います。
(個人的な見解で話す事をお忘れなく)


よくブログやメルマガで見かけるような、
「お金に愛されるようになりなさい」
とか、そんな薄っぺらい話は必要ありません。


そんなものは、ただの虚言でしかなく、
戯言そのものになってしまいます。


お金が全て、という人もいるかもしれません。

いやいやそんな事は無い、という人もいるかもしれません。


しかし、本当に大事な事は、今上に挙げた二つの
ちょうど“あいだ”の意識が必要という事なのです。


僕はよく、バランスを取れ、と言っていますが
お金に関しても同じ事が言えるわけで、
偏った意識でいるのは、あまりイイ状態とは言えません。


ビジネスをやる以上、稼ぐ事は外せません。

かと言って、稼ぐ事だけにフォーカスしても、いい結果にはならないし、
破滅の一途を辿ってしまう可能性がある。


それとは逆に、熱意だけに偏ってもダメで、
きちっと現実を捉えて、しっかりと自分自身に実力をつけて
活動していかなければならない。


比重を意識して取り組んでいく必要があるという事です。


よく言われているのは、年齢が若いとその分熱意があるヤツ、あるいは
金だ、金だと騒ぎ立てる輩のようなヤツの二種類がいる、と。


つまり、バランスよく、この間にフォーカスして
自分の柱を立てている人間は、非常に少ないのと同義になるのです。


では何故、バランスを保ちながら、自分の活動を行なえない人間が
今、存在しているのか。


僕が思うに、“少ない情報や経験で全ての事を知った気になっている”
というのが近い気がします。


要するに、勘違いをしているのと一緒です。


人間はかなりの割合で、“慢心”という非常に厄介なものを
持ってしまう生き物です。


この感覚を覚えてしまっている人に限って、
一時的な事に満足を覚えてしまって、次の段階へと進めず
破滅へと突き進んでしまい易いのです。


守・破・離という言葉があるように、自分が今まで築いてきたものを守り、
そこから殻を破り、更には、離れていく。


こういったステップを踏めないような人間へと、
自分でも知らず知らずの内に陥ってしまう事があるのです。


常に守ってばかりで、その場でどうにかしようとする。

しかし、実際にはそんな都合のいい話などあるわけがない。


時間の流れは、以前にも増して急速に変化しながら、
僕達の前を行き来しているんです。


一つだって悠長な事は言ってられないし、やる時間も無い。

人が生きるという事は、それほどまでに貴重だと思うのです。


故に、情熱だけに身を委ねるのも、お金だけに執着するのも
間違っているという事を忘れないで欲しいのです。
それと、もっと色んな知らない世界が、この世の中にあるという事も
付け加えておきます。


お金で買えない物は無いと以前、ホリエモンが言っていましたが
これは実際のところほとんど合っていると思います。


ただ、お金でしか買えない物を追い求める事とは
一体どういった事なのか。


実際に手に入れてしまうと、今まで欲しいと思ってた気持ちは
消化され、また別の物へとターゲットが変わっていく。

単純にその繰り返しだと思うのです。


そう考えれば、お金に自分の人生を左右される事など
はっきり言って“無意味”のように思えます。


ただし、精神衛生上あったほうがいいですけどね(笑)

支払いとかの心配をする必要が無くなるので。


今話してきた事柄を含めて考えていけば、
どういった視点でお金を見つめるのが正しいのか、
そうでないのかが、少しは分かるかもしれません。


極論を言ってしまえば、「人それぞれ」になると思うのですが、
それではなんともつまらない結論になってしまうので、
今回の話を一つの視点として捉えてもらえると嬉しいです。


例えて言うのであれば、四角い物を直線から見るだけでなく、
様々な方向から見て欲しいのです。


斜めから、真上から、真下から、首の角度を変えて
横から見るとか、色々あると思うので、試してみて下さい。

一気に視野が広がる事請け合いです。


こういった事を、やるか、やらないのか、
それで人生決まります、なんて、くそ面白くも無い事は言いませんが
やらないよりかはやった方が、人生楽しくなると思うよ、
という一つの提案として受け止めて下さい。


あるいは、土台作りとしての素材の様な物と見てもイイかも知れません。


いずれにしても、今の社会の中では、
僕達とお金は無視したくても、無視できない関係にあります。


現実から目を背ける時間を、人よりも少なくする事が
理想の自分へと近づく意味のある行動の一つかもしれません。
今も昔もあまり変わっていませんが
どこの企業でも“薄利多売”という手法を取っています。


その結果、価格競争なるものが増え
値段は安くなって、消費者側は喜ぶわけですが
企業側はドンドン苦しくなる一方です。


個人事業などをやっている場合ならば、分かると思いますが
薄利多売や価格競争の波に乗るなんてバカな事は、あまり考えないはずです。


そんなものは大企業に任せておけばいい訳ですし。


しかし、ここで一つ、問題が出てきます。


大企業でもない個人が、顧客を作るあるいは、
顧客を増やすには、一体どうすればいいのか?


恐らく、かなり多くの人が悩む所だと思います。


それもそのはずで、ビジネス上、新規の客を増やす事は
一番お金が掛かります。


「一人で事業を興したはいいものの、
何をどうするべきなのか・・・」


個人的見解ですが、ここで悩む人のほとんどは
二手に分かれているなぁと感じます。


一つは、稼いでいる人の真似をする、ということ。


今ではモデリングなんて言われていますが
これはあながち間違ってはいません。


誰でも最初からいきなりお金を稼ぐなんて事は、
余程の才能でも無い限りはできないからです。


そのために、他人の真似をする。


聞こえは悪いかもしれませんが、ある意味では
一番の近道かもしれません。


そしてもう一つが、自分なりの個性を磨く、です。


哲学が大好きな僕としては、後者にイタく共感しますが
ここを捉え違えると、イタい目に合います。


“自分なりの個性を磨く”というのは
悪魔でも、要素の一つとして考えなくてはいけません。


ビジネスを始めようとした時、何の勉強もしていない人が
いきなり個性を出したとしても、意味がありません。


どっかの売れないアーティストとなんら変わりは無い。


基本的な事をベースとして、その中から
何か新しいイノベーションを起こす必要があると思うのです。


「基本に捉われていては、イイものは作れないよ」

なんて、年取ったおっさんが言ってたりしますが
基本も分からないような人間に誰が耳を傾けたくなるのか・・・


基本に捉われてはいけない、というのは分からないでもないですが
突然、常識はずれの事をして、成功するなんていう事例は
あまり見た事も、聞いた事もありません。


個性というものは基本があっての、“色”だと思うわけです。


で、
仮に、基本もある程度勉強した、個性も他に無いものを持ってる、
となった場合、顧客は作れるのか?


これは“作れる”と断言できます。

僕の経験上、しっかりと広告を打つなり、
周りの知り合いの人に頼むなりすれば、ある程度は人の目に触れます。


その中で、きっちりと個性が出ていれば、
ビジネスは上手くいくはずです。


ターゲットを絞るなんて事もありますが、
その辺はまた細かい話になるので、今回は割愛させてもらいます。


冒頭で話した、“価格競争”なんて言葉がありましたが
今話してきたとおり、個人事業とは、大企業とは違う部分で
メリットがあって、価格競争なんて言葉は、無縁です。


大前提として、顧客が満足する商品だったり、
サービスを提供するわけですが、それでは周りと何も変わらないわけです。


ほとんどの事は、やり尽くされてしまっている。

そこで、個性が必要ということです。


この感覚や考えを学ぶ事ができたのは
一つの本がきっかけでもありました。


それはこちらから見れます。

世界一ずる賢い価格戦略


“何か”を感じて、気付いたり、
考えがイイ方向へ行く事を願ってます。


それでは。
本篠 勇冶


この名前を聞いて知っている人が
何人いるかわかりませんが
彼が数年前に開設したブログは
僕が知る限り、二人目に「すごっ!」
と思わされた人物です。

本篠さんのブログはこちら↓
http://yuyahonjyo.blog61.fc2.com/blog-entry-1.html


一人目の話は、また今度するとして
何がどうすごいと感じたのか
書き記して行こうと思います。


本篠さんの文章は、基本的に
事実と彼自身の経験と彼の哲学によって
構成されています。


事実と経験

この二つに関しては、どんな人でも
文章にする事は、そこまで難しくないと思います。


まず、事実に関して言えば
色々な本や情報を取り入れ、学ぶ事で
嫌でも記憶に残ります。


学歴が高い人などは、この手の学習法は
お手の物といったところでしょうか。


要は、記憶力の問題だったりします。

悪い言い方になるかもしれませんが
情報の横流しみたいなもんです。


新聞をたとえに出せば分かりやすいかもしれません。


実際に起こった事を紙面にし
それを情報として売る。


それぞれの発行元で
若干の意見のズレみたいなものはありますが
大きな違いはほぼありません。


経験に関してですが
本篠さんが経験してきた事は
ブログを読んだ限りでは
少し変わった経験を書いてたりします。


特に、最後のほうの記事では
壮絶な内容の記事があります。


気になった場合は、
是非ブログを読んで下さい。


少し変わった経験について
少し触れると、彼は高校生の時に
学年での成績というものに興味が出てきたらしく
自分なりの勉強方法を取っていたらしいです。


配られた教科書は
最初の一ヶ月か二ヶ月ぐらいで
自分で勉強してしまい
その後の授業は先生の話をまったく聞かずに
学年でも有数の成績を残していたというのです。


なぜ先生の話を聞かずに
成績優秀だったのか?


自分で勉強していた事だけでは無く
ある理由があったんです。

気になったらブログへどうぞ(二回目)


最後に彼の哲学についてです。


僕が一番震えたのは
この“哲学”の部分です。


本篠さんは

「哲学を学ぶ事は、人よりも頭一つ抜きん出ること」

というニュアンスで綴っています。


その考えから分かるとおり
彼の哲学は、読んでいて
非常にワクワクというか、すごく面白いです。


あまり他人の文章で、ワクワクするなんて
ことは、あまりありませんが、故に
今回の記事で取り上げたということです。


的外れな哲学ならば、サムいだけですが
的確な事を書き残しているだけに
読み手を引き込みます。


恐らくは、意図的に読み手を
引き込むようにしているのだと思います。


ただ、興味の無い人が読んでも
何にも響かないでしょうから
無理に読む必要も無いかと。


一つ、残念な事に、今はブログの更新も
メルマガも表立った活動も無いようです。


これも一つの方法で
我々読み手をいつまでも気にさせて
離させないやり方なのかなとか思ったり。


そんな本篠さんのやり方についての
僕の考えはどうでもいいとして
哲学に興味がある場合は
是非読んでみて下さい。


本篠 勇冶~成功の本質と哲学~

http://yuyahonjyo.blog61.fc2.com/blog-entry-1.html
あ、どうも。

むとうさんです。


つい最近ヒトラーの演説の動画を見たんですが
彼の持っていた“人を動かす力”は、ずば抜けていたんだなと。


そもそもヒトラーはこの世に生まれるはずではなく
中絶させられるはずだったのですが、母親がギリギリになって
「やっぱ産む」と言ってこの世に生まれてきたわけです。


これが偶然だったのか、必然だったかという部分に関しての
哲学はさておき、彼の“人を動かす力”について考察したいと思います。



いくらヒトラーといえど、生まれてきていきなり
あの演説ができたわけではないのは、いわずもがな、
なぜ人々をあそこまで熱狂させる必要があったのか。


単純に考えれば、自分の理念や思想を大衆に理解して欲しく
邪魔な者は排除していくということだったのでしょう。


たった一人では国には太刀打ちはできませんから
当然と言えば当然です。


しかし本当にそこが狙いだったのか?と思う部分もあります。


これは勝手な個人の見解ですが
彼は人を動かすという事そのものに、ハマっていたのではないのかと。


彼の一般的な印象としては、独裁者が基本だと思いますが
その一方では大衆に対して、良い事もしていた事実があります。


フォルクスワーゲンて車がありますよね?

彼の指示で作られたことで有名な車ですが
それまで一般の人間には手の届かなかった車を
手頃な値段で購入できるように広めたりしていたのです。


言ってしまえば、これも心理的テクニックというか
大衆を自分の味方につける一つの手段だったのかもしれません。


これから行動を起こそうとしていた人に向けた宣伝でもあり
自分に付いてきてくれている人に対しての彼なりの
感謝の気持ちもあったのかもしれません。


いずれにしても、彼が生きてきた中で身に付けた
心理術の様なものは、彼を独裁者と呼ばれるまでにする
大きな要因だったことは、想像するに難しくないと思います。


僕自身、彼の理念や思想に対しては
大いに疑問を感じますし、同意や尊敬はできませんが、
“人を動かす”という点だけに関しては、魅力を感じます。



彼が“それら”を意図的に使用していたのかは
当時の彼の演説の仕方を知れば、ある程度分かります。


大勢の前では、非常に感情的に怒りをぶつける様な
身振り手振りでやっていたのに対し、知識人に向けての演説では
穏やかな手法を取っていたそうです。


彼なりにきちんと考えてやっていたのでしょう。


これらの事を考えていくと、やはり彼は
人の心を操るのを楽しんで、ハマっていたように思えてならないのです。



その中でも、ヒトラーのすごいところは、
自分の感情を押し殺さなかったところにあります。


多くの人(特に日本人)は自分の主義主張をするにしても
どこか乾いた感じというか、台本でも用意されているかのような
冷徹な印象を受けたりすることがほとんどです。


見識が深まり、物事に対する見方が変わってくると
どうしたって大人は、落ち着いた態度を取りたがるものです。


子供から大人になるにつれて、感情が変化していくことは
避けられないのかもしれませんが、人間どこかで感情は残ってるだろうし
その感情を上手く使う必要があるわけです。


ヒトラーはその感情を捨てずに、上手に使っていたというわけです。

そう考えると、独裁者から学びになる部分もあるもんだなと感じます。



一人一人、感じ方や捉え方はあると思いますが
変な偏見は持たずに一度、動画でも書籍でもいいので
見たり読んだりしてみることを推奨します。(ヒトラーに限らず)



時代の流れを読むということは、その時その時
何が起こっているのかを知るということと、
昔、何が起こっていたのかを知るということです。


人よりも“何か”を知っている人が
生き残っていくことは必然と言っても過ぎていません。


今からでも遅くはないと思います。


何事にも知的好奇心を無くさないことを祈ってます。


それではまた。

あ、どうも。
むとうさんです。


調査することの重要さを、今更説明するのも
どうかと思ったのですが、今回は押し売り気味に
つらつらと話していこうと思います。


どんなことをするにしても、僕自身、下調べをすることが
当たり前になっています。


そうしなければいけないわけではありませんが
そうしないとなんだか気が済まないので
調査しているわけなんですけどね。


この調査に関して、好きでやっている自分からすると
周りの人間がやっていないのは
不思議でこの上ないのです。


一般的に考えて、読み手が信用する要因として
実際に起こった事、裏付けがあること
というのが基本になるわけです。


それすらもやらずに、相手に対して
文章を読ませたり、信用させたりするのは
はっきり言えば不可能なわけで。


ではなぜ、今話してきた”調査”をしないのかを考えると
単純に”面倒くさい”と思うのが一般的なのかなと。


確かに、お金を欲しがる人達というのは
僕もそうでしたが、楽に、素早く、莫大なという
キーワードが根底にあるわけですね。


これらがあるが故に、少しでもやれば
結果が出るであろうということを、しないわけです。


少し考えれば、分かると思いますが
多くの人がやっていない事というのは、言わば
”すきま”あるいは”穴場”なわけです。


そこを突くだけでも、大きく変わってくるのに
それをやろうともしない。

面倒くさいが故に(笑)


正直な話、これは笑い話ではなく
真摯に受け止めてもらいたい部分でもあります。


自分がどうして今の状況から抜け出せないのか?

なぜうまくいかないのか?


しっかりとそのことを考えることができていて
その上で、適切な努力ができていれば
大して頭を使わずとも見えてくると思います。


この文章を読んで、まだ分からない、というのであれば
どうにもこうにも、やっていることや学んでいることが
的確ではないのかもしれません。


今からでもその辺を考えることが
現状を打破する最善の方法だと思います。


付け加えておくと
僕は決して難しい話をしているわけでもなく
話を難しくしているわけでもありません。


”至極当然”の話をしているだけであって
一つも変わったことは言っていません。


今回話してきた「調査」という部分を
取り上げて例を出せば、もしあなたが、誰かから
新しい知識を得たいと思ったとします。

その時に、自分のイメージだけで話す人と
きちんとした裏付けがあって、話をする人だったら
どちらを信用しますか?


答えは明白だと思いますが
あえてここでは考えて下さいと言っておきます。



最後に個人的な話ですが
僕は最近、ブログよりもメルマガに力を入れています。


もし興味がある場合は、こちらをクリックして
登録してもらえたらと思います。


ではまた。


あけましておめでとうございます。
むとうさんです。

今年も良い一年になれるよう日々精進!
ということで、新年早々、例によって自論を展開していこうと思います。


時代の先を読むということが、ビジネス上大事だとよく聞きますが
一体今年はどのようなことになってくるのでしょうか。

僕が思うに今年はより大事になってくるのは
「個性」の部分ではないのかと思います。

これは「より」大事になるというだけであって、いつの時代にも必要不可欠であり
今年だけというわけではありません。

「個性」に対して例年よりも力を入れるべきなのではないのかと。


僕のメールボックスには色々なメルマガが届くのですが
メールの内容といえばURLがうじゃうじゃ貼っているものがほとんどです。

つまりは、やっていることが皆ほとんど変わらないのです。

なぜこんなことが起きてしまっているのかと考えると、誰かしら
一人の人が成功したと言われるやり方をそのまま鵜呑みにし
「これで儲かるだろう」と何の疑いも無しにやっているんだと思います。

これではバカの一つ覚えと一緒になってしまっていますし
ビジネス上、はっきり言えば「無駄」なことです。

それでもいくらかは成果が出るかもしれませんけどね。

ここでなんとも可愛そうなことは、それで成果がでてしまった時
「これでいいんだ」と思ってしまうことです。

本来であれば、もっと儲けることができていたかもしれないのに
その可能性を自分で潰してしまっているわけです。

なんと恐ろしいことか。 地獄という言葉はこのためにあるのかもしれません。


「個性」が「より」重要になってくると思ったのは
こういった要因が見て取れたからなんです。

今に始まったことではないんでしょうけども、それが未だに続いているという現実。

そのことに気付けただけでも、僕は助かったかもしれません。

勘違いしないでもらいたいのは、僕は否定をしているわけでも
叩いてるわけでもなくこういった現実が身近で起こっているよ
と言っているだけです。

捉えようによっては、悪口になってしまうかもしれませんので
一応補足ということで。


ではでは、何を考えて「個性」を出すようにするのかと?

ネットビジネスをやっている人ならば、勉強
要するにインプットはしていると思います。

このインプットをしていくうちに、自分なりに感じたことや思ったこと
それらが「個性」その物になります。

十人十色という言葉があるように、感じることや思うことは
一人一人違うわけですよね。

これが紛れも無く「個性」になるのです。
(自分の勝手なイメージだけではもちろんダメです)

「個性」があるということは、それだけで「自分」というブランドを築けますし
信用や信頼を獲得できれば、リピートしてくれる人も増えてきます。

単純に考えれば誰でもできることなのですが、多くの人ができていない。

これはきっと、「他者依存」と言われるものが原因かもしれません。


誰だって楽はしたいと思うでしょうし、自分で考えたりすることも面倒でしょう。

しかし、ここを避けて通るというのであれば、今回話している
「個性」は完全に失われてしまいます。

他の人を真似てそのまま実行するということはそういうことなのです。


インプットの重要性はこの「個性」を確立するためには必要であり
続けることが必須です。

いきなり誰かの話を聞いて何かが見えたとか、何かがわかったなんて
そうそうないですよね?

そのため僕はよく繰り返し学ぶということが重要だと言ってきました。


またそれと同様に、色々な人の話を聞いたり、色々な本を読んだりするのも
「個性」を出す上では大事な要素です。

たくさんの情報や意見を取り入れることで、人というのは成長できます。

それは今までに無かった考え方や感じ方が学べますし
口から出てくる言葉や文章までもが変わってくると思います。

要するに、複合的に学ぶことで、自分を確立することができると。

そんなような経験を今までにしたことがありませんか?

もし無いというのであれば、この文章を読み終えた後で、その経験をするために
色々な媒体でたくさんのことに触れてみて下さい。


人間とは不思議な生き物で、自分がこれだと思ったことしか興味を示さず
それどころか初めて触れることに拒絶反応を示したりします。

自分自身が育ってきた環境、触れてきた思考や物の捉え方が
絶対的だと判断を下す傾向にあるんですね。

それは非常にもったいないことです。

自分という「個性」を引き出す、あるいは形成するには
様々なことに触れ、生きていくことが重要なのではないかと思います。


かの有名な哲学者、ソクラテスは死ぬ間際、死ぬことが怖くないかと尋ねられて
こう答えたと言われています。

「死ぬということがどういったことなのか、わかってもいないのに
それに対して恐怖心を抱くほうがおかしい」と。

僕はこの考えを知った時、凄まじい「個性」を感じました。
(感性と捉えることもできるかもしれませんが・・・)

一般的に考えれば「死ぬ」ということは
この世で一番恐ろしいと思われてるわけです。

にも関わらず、彼はあっけらかんと言ってのけてしまったのです。

「死ぬ」ということに対して、ここまでなんの恐れも無くいられたことは
彼が自分というものを確立できていたからではないでしょうか。


色々と書いてきましたが、今年はこの「個性」に関して
深く考え、大事にしていくことがいいのではないでしょうか。

それではまた。