満洲物語 康徳五年(1938年)夏 ② | 新しき世界


小松田孝太のオリジナル小説ブログ
 

 そう言い、孝一は閉じた窓を再び少しだけ開けると、その隙間から汽車の中には乾いた風が入り込む。そしてその風を浴びた開拓団一同は皆、先ほどとは打って変わり何とも言えぬ、気持ちよさそうな顔となり、


「なっ? これなら窓の外から身を乗り出したくなるだろ」


「ははっ、そうですね。この窓から飛び降りたら本当にこの風と一緒になれますね。魂ごと」

 

 ナミルの一言で二人の近くに座る開拓団達は一気に笑いの渦へと巻き込まれたのだ。

 

 そんな彼らが見せる笑みというものは、冗談から来た、というよりもむしろ希望に満ち溢れたような笑みであった。


いよいよこれからは日本や朝鮮半島を凌ぐはるかに広大であり、そしてそれ以上に夢と希望に満ち溢れた浪漫の地「満洲国」で国の大黒柱となりうる「満洲開拓団」の一員として働けるのであるから、顔からは自然と笑みしか出てこない。

 

 そんな明るい未来に期待を寄せながら、開拓団一同は思い思い自分が満洲で追いかけたい夢や希望、さらにはどでかい野望等々、と言った話をしている中に、太陽はあっという間に汽車の真上へと昇り、そして、


「おっ、もう奉天か」

 

 汽車の窓から見えたのは街の名前が書かれた看板。そこには奉天の二文字。奉天(現瀋陽)は満洲国の皇帝溥儀、その先祖達が最初に首都を置いたという、建国間もない満洲国においてもっとも歴史ある都市であった。

 

 汽車が奉天市へと入り奉天駅に近づくにつれて、孝一がいる車両からは十分の一ほどの開拓団が立ち上がると、それぞれ自分の荷物をまとめては今か今かと到着を待ちわびている彼らは、奉奉天周辺の南満洲開拓に回される人たちである。


「いいなぁ、あいつら南の方へ回されて。北よりも冬は暖かいし、すでにある程度開拓されているから楽なんだろうな。俺の目的地はハルビンより北なんだから移動だけでまだ数日もかかるというのに。しかも未開の地の“北満洲”だからなぁ」


「だけどある意味で開拓されてないからいいじゃないのですか。自分の力で開拓する、それこそまさに開拓の醍醐味ですし。それに、あと数日なんてそんなのあっという間ですよ兄貴。いざ着いてしまえばそれまでなのですから」


「そうだな」


 ナミルに自分達が後々向かう先である、ハルビンよりも北、「北満」と呼ばれる、樺太(サハリン)よりも緯度が北にある地の話しを少しだけした後、孝一は汽車を後にする開拓団達に向かって窓越しから、


「お前ら、元気でなーーー。またいつの日か一緒に酒でも飲もうぜーーー」


 と大声で叫び、手を振り別れの挨拶を叫んだのであった。

 

朝鮮から満洲へ移動する数日の間、汽車の中で思い思いの話をしながら、自分達で持ち寄った酒を飲んでは歌い騒いだ、彼等との別れに涙を浮かべながら。