「この川を渡り切った所で、残念ですがこれから貴方を連行します」
理鵬の後ろから、数人の軍人がヨンジェを取り囲むと、彼の両腕腕を掴み挙げ、
「お前ら何をっ。お前らが提示した賄賂はすでに全額払ったじゃないか。だから今すぐその手を離せっ」
ヨンジェは大声でそう叫ぶも、
「それとこれとは話が別です。あの時はあの時、今は今。状況が変わったのですよ」
「なんっ……だと。俺はあの金を手に入れるためにどれだけ苦労したのかっお」
ヨンジェは残りの力を振り絞り、自分の腕を掴む軍人達を振りほどこうとするも、
「哈哈哈(はははっ)無駄ですよ無駄。今のその痩せ細った、水気の無いもやし当然の体で軍人から逃げようなんて。素直にあきらめなさい」
「シパッ(クソッ)」
くやし言葉を吐き出すしかないヨンジェ。理鵬の言う通り、ヨンジェの力では軍人相手に抵抗し逃げるどころか、掴まれた腕すら振りほどくことはできなかったのである。
「なら、これから俺を連行してどうする気だ。北に送り返そうとでもする気か」
ヨンジェは鋭い目つきで理鵬をにらみつけると、
「そうですねえ。まあ——、連れて行った先で決めるとしましょうか」
理鵬はニヤリと笑みを浮かべ、川の反対方向へ体を向けると、
「さあ行きましょうか。私の監獄へ」
口から流れたよだれを下でなめまわす、まるで何日かぶりに獲物を得たかのような、野良犬の笑みを顔の下に浮かべ、監獄へ向かうのであった。
それから三十分後。ヨンジェは理鵬と数人の軍人に連れられ川近くの、民家が数件ほどしかない暗闇に包まれる寒村とした村に到着すると、理鵬と彼の部下である中国の軍人、そして彼らに連行される形で、彼らは村の入り口から北側へまっすぐ伸びる土がむき出しの道路を歩いて行く。
その間もヨンジェは隙を見つけようとしては、何度も脱走を試みようとは思ったものの、軍人の自分の倍以上はあろうかという太い腕にがっちりと腕組のようして掴まれている上では、逃げる隙の隙すら無いまま、連行されると、村に入ってからさらに十分後のことである。
ヨンジェの目の前にはカチカチと点滅を繰り返す古ぼけた蛍光燈の光に照らされる、レンガとコンクリートが半分ずつ入り混じる、真四角の形をした一階建ての古ぼけた建物が見えたのだ。
理鵬の命によりヨンジェは相も変わらず軍人に腕を掴まれたままその建物を前にすると、目の前を歩く理鵬はヨンジェの方を振り向いて、
「ここがこれからあなたの住まう監獄………、いいえ、君は朝鮮人ですから、この場合は犬小屋といったほうが正しいですかねえ」
「………てめえ、なんといった今」
理鵬の犬小屋発言に、頭から血管を浮き上がらせて息を荒くし、
「まさか、俺のことを犬扱いするつもりかっ」
軍人に掴まれながらも顔だけ理鵬に突き出すヨンジェ。
それを見た理鵬が放った言葉はこうであった。
「すでにこの状態。犬と呼ばずして何と呼ぶのですか。朝鮮狗」
「なっ、ふざけるな。犬野郎はてめえだろっ」
理鵬と軍人が思わず耳を塞いでしまうほどの大声で怒鳴り上げたヨンジェ。朝鮮人にとって「犬(狗)」という言葉で相手を呼ぶと言うことは、日本語であらわすなら「クソ野郎」を百倍にも千倍にも罵倒すること同意義なのである。
「やれやれ。よく吠える犬ですねえ。このおじさんは」
「イニョシッ(このクソがっ)。若者のくせに、何見くびるようなセリフを」
ヨンジェは、やはり顔だけ理鵬に向けて、尚も耳をつんざく言葉で叫び続けていると、
理鵬は軍服の内から、突然何かの輪っからしき物を取り出して、
「本当はあの中にはいってからあなたの態度次第でつけるかつけないか見極める予定でしたが。そんなに今から吠えるようでしたら、もうこれを付けずに従順されることは難しいですね」
理鵬が取り出したブツを、ヨンジェの腕を掴んでいる軍人に手渡すと、その輪っかをヨンジェの頭に無理やりかぶせ、
「何するんだ。くっ・・・痛ううう」
ゴリゴリと音を立てながらヨンジェの頭の中から首に向けてねじ込んでいき、そして、
「これであなたも立派な私の飼い犬です」
ヨンジェの首に浸かられたのはなんと、赤い色をした首輪。それも大型犬に使う用。つまり、本物の「犬の首輪」であったのだ。