気球少女 「中国語娘と秋田弁娘」 | 新しき世界


小松田孝太のオリジナル小説ブログ

~中国娘と秋田娘~



 

 ここは秋田県立横手城北女子高校、一年A組教室。


 教室の正面黒板横に立てかけられた時計の針が八時半を指した頃、白のワイシャツに眼鏡をかけた男性教師「小原田(おはらだ)(こう)()が教室入ってきました。

 

 小原田先生が教室に入ってくるや、教室で机に座りおしゃべりをしていた生徒たちの口からは「おはようございます小原田先生」とあいさつの言葉が先生に飛び交い、そんな生徒のあいさつに小原田先生も「おはよう、みんな」と笑顔で返します。

 

 そして小原田先生は教壇に立つと、生徒に向かって一言。


「みなさんはこの高校に入学してから、一か月が経とうとしますが、もう高校生活にはなれましたか」


小原田先生の言葉に生徒たちからは「慣れたよー」「まだ慣れないかなー」と様々な答えが返ってきます。 


生徒たちの反応を見た後、小原田先生は続けてこう言いました。


「実は今日、新しい転校生がこのクラスに入ってきます。それも外国の方です」


「えーーーっ!?


 生徒達からは驚きと歓声の声が上がりました。まだ入学してみな日が浅いというのに、新入生、それも外国人ときているのですから、無理もありません。

 

 生徒たちは先生に向かって「早く紹介して」「どこの国の人なの」「何人?」、と質問を投げかけますが、先生はそれらの質問に答えることなく出席簿を開きます。


 「静かに静かに。それよりもまずはみんなの出席を取るぞ。赤井空………、赤井………。なんだ、あいつまた遅刻か。次、浅間、浅間優」


「はいっ」


「次——


こうして小田原先生が出席簿を取り始めて数分後、一年A組三十三人分の出席を取り終えました。だがこれは昨日までの出席簿の人数であり、新しい転校生の名をまだ読んではいません。


A組の生徒たちもこのことに気づき、ある生徒は、一人足りないと、先生に質問、ある生徒は、転校生は先生の悪い冗談ではないか、とひそひそ話をしています。


そんな噂話によって教室がざわめきに包まれた、その時でした。


小原田先生は出席簿を見ながら、大きな声で、


劉飛(りゅうひ)新しい転校生劉飛さんという中国人の子です


 劉飛という転校生の名前を告げると、教室は一気に静まり返りました。は新入生の苗字が


「劉」、つまり「り」で始まり、それ以降の苗字にひらがなで「り」よりも後がないことで出席簿の名簿最後の名前となっていたのです。


生徒達は中国人の新入生登場に緊張してか教室は静まり返ると、次の時でした。


教室のドアからは現れたのは、


「おっ、ちょうど良いところに来たな劉………

 

全身ずぶ濡れにお団子髪がぐちゃぐちゃにほどけ、額から少量の血を流した少女、曰く劉飛が教室へ入ってきました。


傷だらけの飛はふらふらな足取りで、小原田先生の横に着くと、


「そうです。この子が新しい転校生の劉飛さんです。みなさん拍手っ」


 先生は何も見なかったかのような表情で劉飛を紹介し、生徒たちも顔を引きつりながら劉飛に拍手を送ります。


すると拍手を送られた飛は、


(シェイヤー) 谁轧(シェイジャン)()(ウォー)


 怒鳴り口調で何かの中国語を生徒たちに言い放ち 立て続けに「混蛋混蛋(ホンダンホンダン)」と、またも何かの中国語を口走りながら教室をぐるぐると周り始めました。 


 教室は騒然とし、小原田先生はなんとか飛をなだめようとしたのでしょうか、「ニーハオニーハオ」と唯一知っている中国語を飛に言いますが逆に「什么你(ションモニー)(ハオ)(ウォー)、と中国怒り口調で言い返され、劉飛の怒りを鎮めることはできませんでした。

 

 そして飛がちょうど教室を一周しようとした、その時です。


「わりー(すいません)、まーだ遅刻してしまっで(また遅刻してしまいました)」


 赤井ニット帽をかぶった少女、「赤井(あかい)(そら)が秋田弁を大声で言いながら教室に入ってきました。


「空さん、また遅刻ですか。それに学校内では帽子を被ってはだめ………、ってなんで制服濡れているのかな?」


啊啊啊她呀(アアアターヤー) 她呀她(ターヤーター) (タージャン)(ウォー)()



飛は空を見るや、またも何かの中国語を耳つんざく大声で叫び、その言葉に一瞬吹き飛ばされそうになった空は、声の主である飛を見るや、飛と同じ大きな声でこう言いました


「あっ、おめ(君)はさっき、おらがチャリでひいた子でねが(ではないか)。まんず、よぐいぎででけだな(よく生きていたね)」


(ジョー)(ブー)是人(シィーレン) (ターマー)()


「わりがったな(悪かったです)。いぎなりおめさぶづがっで(あなたにぶつかって)。だがらあんまでげ(あまり大きい)声ださねでけれ(出さないでください)」


「空さんも十分な大声だと思いますが。というか空さん、中国語分かるのですか」


「雰囲気だ雰囲気。しかしほんと朝のは或わりがった、すまんっ。許しでけれ」


 空は秋田弁で朝の件を謝った後、飛に頭を下げて謝罪しました。すると頭を下げる空に、飛はゆっくりと歩み寄ってくると、次の瞬間でした。


空の目の前まで来た飛は、


「おめ、なしてそごさ寝でらっげな(なんでそこで寝ているの)」


 前のめりに倒れ、頭から血を流しながら意識を失ってしまいました。


「空さん、飛さんを保健室に連れて行って、早くっ。とにかく早くっ」


 意識のない飛を前に、小原田先生は顔を青ざめながら、飛を保健室に連れて行けと空に命令します。


「なんでおらが?」


「君が轢いたんでしょう、自転車でっっ」


「うーん、わがった、それだばしがだねな(それなら仕方ない)」


「何が仕方ないですか、このままだと飛さん死んじゃうよおおお。みんな朝の授業は中止っ。自主ですっ!」


 こうして一年A組、一時間目の授業は中国人新入生、劉飛の意識不明により自主となりましたとさ。