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前回の記事はこちら → 沈みゆく船<5> ~電話~
 
 
【登場人物】
 土井さん  社長
 三島さん  専務
 宮川君   営業マンからの転職
 畑野君   弱電技術者からの転職
 小林君   自宅の商店のお手伝いからの転職
 藤原君   引きこもりからの脱出
 
会社弁護士
 松野さん  会社の顧問弁護士
 
M社 .. N社案件の窓口になってくれている会社。
 宇和さん  M社部長
 
 
※2009年~2010年の出来事です。
※登場人物の名前、会社名などは全て仮名です。実際の名前とは異なります。
 
 
未払金は、予定金額が変わる事もあるが、順調に支払われた。
 
変更が発生する前には、計画変更と事情の説明の連絡が入り、
訂正された支払い計画のメールが届く。
 
さすが弁護士さん。約束はキッチリ守って下さる。
 
 
未払金も、残す所あと2回。
 
僕は変わらず、失業給付を受給しつつ、安住の地を探している。
 
 「ウチに来てくれ」
 
と言ってくれる会社はあるけど、以前の会社との繋がりが強く、
やや抵抗がある。
 
でも、状況は厳しいし、背に腹は変えられないのかなぁ..
 
 
そんなある日、小林君から電話が掛かり、食事に誘われた。
 
待ち合わせのファミレスでしばらく待っていると、小林君も到着。
彼の家から、このファミレスまで結構遠いのに、歩いてきた様子。
 
僕:
 久しぶり。なに?歩いて来たん?
 
小林:
 はい。
 まぁ運動だと思って歩きました。
 
早速お店に入り、それぞれ好きな物を注文。
お互い、結構ガッツリした夕食。
 
僕:
 会社はその後どんなん?少しは持ち直した?
 
小林:
 いえ、相変わらずです。
 
僕:
 引っ越したんじゃろ?
 
小林:
 はい。
 家賃の安い所らしいです。
 社長が
 「ここのオーナーはワシの知り合いで、無理を聞いてくれる」
 と言ってました。
 
僕:
 怪しいなぁ..
 
引っ越しは、前回同様自分達でやったらしい。
ただ、今度はトラックも借りず、社員みんなの車を使って、
1週間かけて荷物を運んだとの事。
 
机やキャビネット等の大物は、どうしたんだろう..
誰か軽トラでも持ってたのかな。
 
僕が退職した “その後の話し” で、雑談は弾むけど、
そもそも、こんな話をするために呼び出したのか?
 
僕:
 何か話があるんじゃない?
 
小林:
 はい..
 うずらさんは、会社興さないんですか?
 
僕:
 興さんって言わなかったっけ?
 
小林:
 いや、そうは言いつつ、会社興すのなかと思いまして。
 今はもう次は決まったんですか?
 
僕:
 まだ決まってないよ。
 今も仕事探しよる途中なんじゃけど、この歳になると、
 この業界は厳しくてね。
 
小林:
 ずっと前に、仕事もらえないか当たってみるとか言ってたじゃないですか。
 
吊し上げ喰らっていた時期や、昼休み公園会合で話していた時、
昔のつてを頼りに、仕事取ってこれるかも知れないのに..と
何度か言った事がある。
 
その時の事を言っているのだろう。
 
僕:
 うん。
 
小林:
 仕事を取って来れるんだったら、それで会社興せばいいじゃないですか。
 
僕:
 そう甘い話しじゃないよ。
 1社で1件の仕事じゃあ、仕事が途絶えたら終わりなるしね。
 
 でも、まぁ、いよいよ困ってきたら、バイトでもパートでも働くし、
 フリーランスや個人事業主で、何か請け負うかも知れんけど、
 それでも、会社興して..とまでは、今は考えられないなぁ。
 独身なら、それもアリだったんだけどね。
 
小林:
 じゃあ、個人事業主でも良いです。
 起業して、俺を雇って下さい。
 
僕:
 起業は考えてないって。
 それに、僕が取れる仕事は、会社でやってた事と全然違うから、
 またイチから勉強しないと無理だと思うよ。
 それに、立ち上げ当初は、人を育てながら経営する余裕はないしね。
 
小林:
 じゃあ、うずらさん営業して、2人でやっていけるだけの
 仕事を取って来て下さい。
 
僕:
 いやだから、ジャンルが違うし、ハードウェアやメカやら制御が
 絡んでくるから、小林君の今の技術では、まず無理よ?
 
小林:
 いや、俺は仕事ができないので、事務所で電話番やります。
 
この人は..何を言っているのだろう...
 
僕:
 えーと..
 仕事は増やせたとして、増やした仕事は誰がやるの?
 
小林:
 うずらさんです。
 
僕:
 小林君は?
 
小林:
 俺はできないので、電話番します。
 
僕:
 なんで?
 
小林:
 なんでって..
 俺は技術も無いので仕事は出来ませんし、人と話すのが苦手なので、
 営業とかもできません。
 できるのは、電話番くらいしか思いつきません。
 
話しにならない。
 
僕:
 電話番も、人と話すけどなぁ..
 
小林:
 用件聞くくらいは出来ると思います。
 実家の店でも電話番してましたし。
 
僕:
 参考までに、給料はいくら欲しいん?
 
小林:
 今が16万ほどなので、そのくらい貰えると嬉しいです。
 
ふざけてるのかな?
あの会社の状態が、普通だと思ってもらうと困る..
 
僕:
 あのね、申し訳ないけど、そういう事ならお断りかな。
 
小林:
 給料面ですか?
 
僕:
 全般的にね。
 「自分も仕事やるので、一緒に頑張りましょう!」
 「できるだけ早く仕事が出来るように頑張ります!」
 とかなら考える余地もあるけど、僕が仕事して君は電話番?
 要は「俺の給料分も稼いでください」って事よね?
 ちょっと、虫が良すぎない?
 
小林:
 給料は、12万くらいでもかまいません。
 
僕:
 そういう問題じゃないんよね。
 そもそも電話番は必要ないんよ。
 お店みたいに、不特定多数の人から連絡が来る事なんて無くて、
 お客さんや、それぞれの担当者と1対1での連絡が多いんよね。
 仕事1つや2つ増やした所で、携帯持ってたら、事足りるんよね。
 
小林:
 じゃあ掃除します。
 
僕:
 いやだから、そういう問題ではなくて..
 
 あのね、人ばっかり頼るんじゃなくて、もう少し、自分で頑張ってみない?
 さっきから聞いてると、全部僕任せよね。
 「少しでも早く仕事できるように、俺も頑張ります!」
 とか、そんな言葉が、全く出ないじゃん。
 
小林:
 できれば、難しい事やキツイ事は、あんまりしたくないので..
 
よく、あの会社の面接に通ったな。
あの頃は、面接に来てくれたら誰でも良かったのかな。
 
僕:
 ダメじゃん。
 この業界、案外キツイよ?結構激務の業種よ?
 楽したいのなら、業種を変えた方が良いかもね。
 興味のある事や、好きな事は無いの?やってみたい事とか..
 
小林:
 好きなのは、フィギュアの収集とゲームです。
 
僕:
 いいじゃん。
 そしたら、模型屋さんやおもちゃ屋さんの店員とかでも良いんじゃない?
 働きながら仕入れルート探して、自分でお店持っても良いと思うし、
 最初は、実家のお店に並べさせてもらっても良いんじゃないかな。
 
 何でも良いから、もう少し、自分で考えて、自分の足で歩いた方が良いよ。
 
小林:
 うずらさんの所は、どうしても無理なんですか?
 
僕:
 うん。
 今の考え方のままならね。
 たとえ独立開業したとしても、今の小林君なら雇わない。
 
小林:
 わかりました..
 
しばらく黙る小林君。
 
小林:
 それでですね、もうひとつ相談なんですけど、
 あれから給料出てないんですよ。
 
僕:
 それは知らない。
 社長に言ってね?
 
小林:
 それでですね、いま財布の中に、200円くらいしか入ってなくて..
 
僕:
 うん?
 
小林:
 それは出すのですが、足りない分は、この後、うちまで来てもらえたら、
 親から借りて返しますので..
 
僕:
 あー、もういいよ。
 ここは僕が出すよ。
 
お金ないのに人を呼び出して、好きな物色々頼んだのか..
帰りの「足」の事まで、最初から計算に入れてたのかと、疑ってしまう。
 
そもそも、僕がお金持ってなかったら、どうするつもりだったんだろう。
 
 
帰りの“足”が無いとしきりに言うけど、家まで送る気は無くなった。
 
彼の自宅からこのファミレスまで、歩くと2時間近くかかる。
言い換えれば、時間はかかるけど、歩いて帰れる距離。
現に彼は、歩いてここまで来たと言っていた。
帰りも頑張ってもらいましょう。
 
小林:
 また連絡します。
 
僕:
 仕事が決まったら、また連絡ください。
 まぁ、頑張ってね。
 
 
この日以降、彼からの連絡は全くない。
 
後日、村松君から
 
 俺の会社に、電話番か掃除で雇ってくれって言ってきましたよ
 
と話を聞いたのが、小林君に関する、最後の情報になった。
 
彼は今、何をしてるんだろうと、時々思う。
頼りの実家の商店は、店を閉めたようだし..
 
ちゃんと仕事して、しっかり生活してくれている事を、
願ってやまない。
 
 
続く
 
 
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