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【登場人物】
 土井さん  社長
 三島さん  専務
 片山さん  部長・元某大手通信会社部長
 宮川君   営業マンからの転職
 畑野君   弱電技術者からの転職
 小林君   自宅の商店のお手伝いからの転職
 金田君   奥さんの実家稼業からの転職
 藤原君   引きこもりからの脱出
 
M社 .. N社案件の窓口になってくれている会社。
 宇和さん  M社部長
 
 
※2006年~2009年の出来事です。
※登場人物の名前、会社名などは全て仮名です。実際の名前とは異なります。
 
 
よく晴れた、いい天気だった。
 
大きな窓のある社長室の中は、いつもより随分明るく感じる。
 
僕:
 今、ちょっと良いですか?
 
社長:
 うん。かまんよ。
 なんぞ支払いでもあるんか?
 
僕:
 いえ。そうではないんですけど..
 
にこにこにと笑みを浮かべて、僕を見る社長。
ちらっと横を見ると、三島さんは厳しい顔で、こちらを見ていた。
 
僕:
 明後日が締め日ですが、今月分の給料って、どうなりそうですか?
 
社長:
 あー..
 いま色々調整しよっての、ぎりぎりまで頑張ってみるけど、
 今の状態で話すのなら、すまんが今月も間に合いそうにないんじゃ。
 
僕:
 そうですか。
 例えば、一部の支払いも難しいですかね。
 給料の何割とかと言うのも..
 
社長:
 今の状態だと、それもちょっと厳しいんじゃがや。
 すまんのぉ。
 
僕:
 あー、そうなんですね。
 ちなみに、来月以降はどうですか?
 仕事の受注の目途や、給料を頂ける目途は立ちそうですか?
 
社長の顔つきが変わる。
 
社長:
 そうだな。
 君には正直に言おう。
 
 現在、我が社は、非常に厳しい状況にあります。
 ワシも三島さんも、何とかしようと、毎日必死に走り回っています。
 
 君の問いに正直に答えるのなら、給料を払える目途はありません。
 だが、必ず立て直して、今までの労に報いようと思ってます。
 
僕:
 わかりました。
 来月以降も、給料の目途は立っていないって事ですね?
 
社長:
 申し訳ないけど、そういう事になる。
 
 
三島さんを見ると、三島さんも厳しい顔で頷く。
 
三島さん..
 
結局、今まで良いように使われただけなのですね。
 
社長が家庭を捨てられなかったのか、三島さんの実家に迷惑が掛かるのを
避けたかったのかは分からないけど、どちらにしてもダメだったんですね。
 
この先どうなるか分からないけど、今ダメなら、多分ずっとダメだろうな。
せめて、社長の奥さんから、慰謝料請求されないと良いですね..
 
ちょっと深呼吸して
 
僕:
 わかりました..
 
 以前お話した通り、うちも限界です。
 2か月でキツかった所を、なんとか3か月頑張りました。
 でも、4か月は無理です。
 
社長:
 そしたら、当面の生活費を出そうわい。
 なんぼあったら足りるぞ?
 
僕:
 いえ。そういう話ではありません。
 この先の目途が付いているのなら、お願いするのですが、
 先の目途が付いていないのなら、今月度いっぱいで退職します。
 
社長の顔つきが変わる。
短い沈黙の後、社長が口を開く。
 
社長:
 会社を見捨てる言う事か?
 
僕:
 そういう話ではありません。
 
社長:
 ほしたらどういう事ぞ。
 
僕:
 生活ができないと、これ以上は無理だと言う事です。
 
社長:
 ほじゃけん、生活費を出してやる言いよろが?
 
僕:
 直近の事だけじゃないんですよ。
 これから先の事を言っています。
 
 仕事の目途も立ってませんよね?
 売り上げがないと、色んな支払いや、給料の原資もできませんよね?
 
 僕なりに、会社の将来を考えて、何度もお話したと思います。
 その度に、「お前の様な考えが会社を潰す」と言われました。
 そして今日まで、黙って社長の方針について来ましたが、
 その結果が、この状態です。
 
社長:
 結果結果言うけどな、未だ会社は潰れとる訳じゃなかろが!
 明日大きな仕事が入る可能性もあろがや!
 
僕:
 仕事を出してくれそうな所と手を切って、営業活動もせずに、
 どこから仕事が入って来るんですか。
 
 もし仕事が入ったとしても、生活ができなければ無理です。
 前にも言いましたけど、うちは3か月で限界です。
 4か月目は有り得ません。
 うちはもう限界なんですよ。
 
社長:
 結局会社を見捨てる言う事じゃろが!
 そんなんじゃったら、お前も懲戒解雇じゃあ!
 
僕:
 それって不当解雇ですよね。
 それならこちらも、それなりの対応を取らせて頂きます。
 
さらに話を続けようとしたところに三島さんが割って入り、
社長を落ち着かせてくれる..
 
僕:
 解雇なら解雇で良いのですが、懲戒解雇は受け入れられません。
 でも、うちもお金に困っていますので、会社都合による解雇なら、
 受け入れても良いです。
 本来なら、給料未納による退職なので、そのようにして頂きたいですけどね。
 
しばらく黙り込む社長。
 
社長:
 わしも鬼じゃないけんの、君の将来まで奪おうとは思わない。
 だから、君の言う通りにしてやる。
 君は最後まで居てくれると信じていたが、残念だ。
 三島さん、この事は、また後で話そう。
 
三島:
 分かりました。
 では、給料未納による退職で処理します。
 締め日まで数日ありますけど、日割りで良いですか?
 
僕:
 今月いっぱいは在職した事にしたいので、
 締め日までは有休消化でお願いします。
 
社長:
 おまえのぉ..
 ほかのヤツらは、会社の為に日割りにしてくれたんぞ?
 給料諦めてくれた奴もおるんぞ?
 ほじゃのに、お前は会社を苦しめるんか!
 ワシに何の恨みがあるんぞ!
 
僕:
 恨みなんかありませんよ。
 
社長:
 ほしたらなんで、ワシをこうも苦しめるんぞ!
 
僕:
 言わせていただけましたら、ウチの生活を困窮させておいて、
 尚もウチの生活を苦しめるんですか?
 ほかの社員たちも同じです。
 みんな給料が無くて苦しんでます。それは平気なんですか?
 僕や皆に、何か恨みでもあるんですか?
 
黙る社長。
三島さんが口を開く。
 
三島:
 まぁ..
 給料が支払えなかったのは、会社の落ち度です。
 皆さんの生活が第一ですので、うずらさんの言われるようにします。
 それでいいですよね?社長。
 
社長:
 ...わかった。それでええ。
 それでええけん、もうはよ出て行ってくれ。
 
今日は定時まで居て、明日から有休消化で休む事を伝え、
社長室を出た。
 
 
僕が自席に戻った直後、社長が事務所を出て行った。
三島さんは事務所にいるようなので、改めて、三島さんと話をする。
 
僕:
 さっきはありがとうございました。
 
三島:
 いえいえ、良いんですよ。
 私には、あのくらいの事しかできませんので..
 それより、辞めた後どうするんですか?
 
僕:
 取り急ぎ、失業給付受けながら、次を探そうと思います。
 
三島:
 そうですか..
 困ったらいつでも戻れるように、私も頑張ります。
 
僕:
 期待しています。
 それと..三島さんにはお伝えしようかな。
 
三島:
 なんでしょう?
 
僕:
 申し訳ないのですが、未払い分の請求をさせて頂こうと考えています。
 
三島:
 あー..
 そこは正直、目を瞑って頂きたいのですが...
 
 でも、そうですよね。私でもそうすると思います。
 社長には黙っておきますね。
 
僕:
 ありがとうございます。助かります。
 で、興味本位で聞くのですが、社長とは?
 
三島:
 結局、まだ挨拶には来てくれません。
 会話も用件だけになって、それ以上話そうとすると逃げるんですよね。
 
僕:
 あー..そうなんですね。
 
三島:
 そうなんですよ。
 と、言う事は..そういう事なんだろうと思います。
 私も、先がないと分かったので..
 
 まだ社員も残っているので、今すぐと言う訳にもいきませんが、
 私もそう遠くない内に、辞めようかな..と思ってます。
 うちはまぁ、うずらさんも知っての通り、実家に資産があるので、
 私個人はどうにでもなるので大丈夫です。
 
明るく笑う三島さん。
 
三島さんのご実家は、田畑や宅地などの土地が沢山あり、
賃貸物件などの資産も沢山ある、いわゆる大地主。
 
こんな社長の為に、御実家の資産に手を付ける事にならなくて、
本当に良かったと思う。
 
談笑していると、三島さんの携帯が鳴った。
社長から呼ばれたとの事。
 
僕:
 今まで色々、本当にお世話になりました。
 
三島:
 こちらこそ、嫌な思いばかりさせてすみませんでした。
 
これから、三島さんも大変だ..
 
 
自分の机に戻り、皆に退職する事を告げる。
 
金田:
 本当に辞めるんですね?
 
僕:
 本当に辞めますよ。
 
小林:
 ああは言っても、うずらさんは絶対辞めないと思ってました。
 
僕:
 甘いなぁ。
 
片山さんも寄ってきて、話に加わる。
 
片山:
 俺らもう半年以上給料無いんやで?
 
僕:
 だからあの時、早めに辞めた方が良いって、言ったじゃないですか。
 
片山:
 ほうよなぁ..
 こうなるとは、思わなんだけんなぁ。
 
甘いなぁ..
 
片山:
 うずら君も辞めるんじゃったら、ワシもそろそろ辞めようか。
 みんなはどうするん?
 
みんなそれぞれ、危機感は持っているものの、この期に及んで、
まだ会社が持ち直す可能性を信じていたりする。
 
相変わらず呑気だな。
 
身の回りの片付けをしつつ、定時まで、みんなと雑談した。
 
 
そして帰り際..
 
僕:
 じゃあ、お世話になりました。
 みんなそれぞれ頑張ってください!
 
宮川:
 会社興したら知らせて下さいよ!
 
僕:
 興さんよ。
 
その日、社長と三島さんは戻って来なかった。
三島さんには、最後の挨拶が出来たけど、社長には挨拶ができていない。
 
社長は..
 
近日中に、電話が掛かって来るだろうから、ま、いいか。
 
 
事務所前のエレベーターまで、皆が見送ってくれた。
 
僕:
 じゃあ、みんな元気で!
 
 
今までの色んな思いを乗せて、エレベーターが降りていく。
もう、このエレベーターに乗る事も無いだろうな..
と思うと、少し感慨深いものがある。
 
1階に到着。
 
事務所のビルを出た瞬間、ふわっと体が軽くなったように感じた。
胸が軽くなり、気持ちも軽くなる。
 
やっと辞めたー!
 
今まで感じた事のない開放感に包まれる。
 
駐輪場から自転車を引っ張り出す。
この、ごった返した駐輪場とも、今日でお別れ。
 
さて、おうちに帰ろう!
 
オレンジ色の空の下、通り抜ける風も心地いい。
夕日に背中を押されながら、自転車を漕ぐ足も軽やかに、
帰路に着いたのでした。
 
 
愉快な社長・完
 
 
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拙く読み辛い文章で恐縮ですが、長い間読んで下さり、
本当にありがとうございました。
 
 こんな社長はもういないだろうな..
 
と、この時は思っていたのですが、この後また、
少々クセのある社長?会長?の下で、しばらく働く事になります。
 
が..
 
その前に、“愉快な社長”シリーズの後日談があります。
 
もう少し、お付き合い頂けましたら、幸いです。
 
 
 
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