昨日、これから公開する映画の

「ヒロイン失格」というCМを見て


・私好きな人か

・私好きな人か

運命の人はどっち?!


という見出し―


う~ん、日本語って素晴らしい!奥深い!!

(多くの方々はそこかい!とツッコミを入れているでしょう)

(笑)


だって、「が」「を」で大きく違うんですよ!( ̄ー ̄)


これはねぇ~、しいていえば

花男(花より男子)の道明寺か花沢類か、というところ


つまり、

振り回されるけど自分が惹かれる男性か、

いつも見守って、助けてくれる男性か

↑冒頭と同じだよ!(笑)


花男でいくと、道明寺の気持ちがわからなくて疲れて、

花沢類に優しくされて…という感じかな?

(花より男子を知らない方はマンガか映画かドラマをどうぞ♪)


弱っている時に好きではない男性でも優しくされると

フラ~っと気持ちがいっちゃうあれです


でも、それでいいのかな?(いい場合もあるね)


フラ~っといかないためにしっかりとした価値観

または軸を持つこと!

それは片づけによって得られます!!


片づけって、モノを整理するから優先順位を付けて

いかなくてはならないのです

自分にとって、何が大事で、何を手放すか


だから、これが日々鍛錬されていくと人間関係も―

つまり、弱っていようと、凹んでいようとも自分にとって

大切な人という基準ができると


「私が~」の人を選ぶのか

「私を~」の人を選ぶのか


どちらが自分の人生のパートナーとして大切なのか

自ずと導き出されるわけです


これは、恋愛だけではなく、職場や学校やその他の

人間関係にもあてはまります


損得ではなく、この人は自分にとって必要か否かを

選択することによって、ムリに合わせなくてもよくなります


必要ではないと感じたら、(切り捨てるとかではなく)

そんなに気を使わなくてよいということ

ムリに同意したり、お世辞を言ったり、行きたくない行事に

参加したり―と辛い状況から徐々に自由に感じられます


この人からはどう思われてもいいや~と思える

だから、ラクになれるのです


自分と言う軸が出来るからです


自分にとって何が大切なのかを選ぶというプロセスを

繰り返していくことで、植えつけられる自分の絶対的な価値観


この価値観が片づけで育成されていくのです


だから、何もかも「大事」「とっておく」という感覚では

人間関係も好きな人も苦手な人も同列で疲れるだけ


「何もかも」から「何を選ぶか」に変えましょう


ちなみに私は、きっかけは「私が」でも「私を」でも

最終的には「私が」です


私の人生、私が主役ですから「私が―」です(笑)