先日、仕事の移動の合間に中途半端な時間があり、


約1時間半をカフェで過ごすことにしました


ときは、15時すぎ


ちょうど主婦の方の時間帯らしく


私の両隣は奥様グループでした


仕事のことを考えながら書き物をしているのに


両隣からそれぞれにネガティブな話題が盛りだくさん!


お嫁さんの悪口


弟のお嫁さんの悪口


近所の奥さんの悪口


極めつけはそのお嫁さんの両親の悪口(育て方が悪いという)


聞きたくないけど、声が大きいから頭に入ってくる


イヤホンつけて音楽流しても聞こえる(笑)



「ああ~、心がやれれる…」と思った矢先に


「あら!もう16時!帰らなくちゃ!」と別々のグループの


奥さんたちは帰っていかれました


なぜ、そんなに悪口が出るのか、ある意味すごいな~と


そして、私が隣にいた約1時間ずっと悪口


多分、その前から…


良く言えばパワフルなのかしら~


悪口言う人って私の周りには今ほとんどいなくて


たまに言う人の話は意見として聞いているのですが


何か自分にストレスがあって、それで発散しているのでは?と


私は思っています(専門家の方に教えてほしいですね)


つまり、自分を認めてほしいと思っている人が


他人を貶める話をして、上に立つ―みたいな??


私が片づけに伺っている人は、誰1人そんな話をしません


前向き、一生懸命な女性がほぼ100%です!


散らかっていることを認め、スッキリさせたいという想いを


ちゃんと持っていますから!



だから、先ほどの悪口大好き奥様たちのおうち


片づいていないんじゃないかー


それとも、散らかっていても気にならないのじゃないかって思います


逆にとてもきれいにしているのに


家族も誰も褒めてくれない・認めてくれないーか…


片づいていない場合は片づけるですけど、


きれいにしているのに、悪口を言ってしまう場合って


そのきれいにしている状態のゴールが間違っているのではないでしょうか?


「きれいにしているんだから褒めてよ!」


ではなくて、


家族に気持ちよく過ごしてほしいから、自分が居心地よく過ごしたいから


が、ゴールではないでしょうか?


今、ママ友などでインテリアがおしゃれ、収納上手で認められる…


みたいな風潮があります


・それがすごく疲れる、

・素敵な家庭自慢どこまですればいいの?

・本当は違うのにこんなにいい奥さん、ママやってますアピール

・家族円満ですアピール


もう抜けたい…という話も聞きます


それで、疲れて、子どもの話もちゃんと聞かない、


逆にイライラして、あたって(もちろん他人には見せない)


家の中の片づけや収納も他人に見せるための自慢になり


片づいているのに負のスパイラルになっているおうちもあります


私は小学館発行の「edu」という子育て雑誌のライターを


たまにしています


その時に、札幌市内・近郊の大学教授や校長先生などの


取材に伺い、いろいろ話を半日くらい聞きます


その中で(ブログでも少し触れたことがありますが)


キレイすぎる、職場のように理路整然と収納できている


モデルルームのように何も生活感がなくて、寒々としている


そんな家庭は子どもの心に影が…というようなこともあります


清潔であり、片づいているというのは重要ですが


それ以上に温かみがあり、お母さんが笑って、心に余裕がある


というのがファミリーでは重要なんです


夫婦でも、年配になった親子でも、兄弟姉妹でもそうです


住む人の心が住空間に現れます


寒々とした住まいは、心に冷たい風が


散らかって汚い部屋は、頭の中がぐちゃぐちゃ



人を招くのは、住まいをきれいするモチべが続く大事な


要素ですが、自慢のために呼ぶのは違いますね


何でも1歩間違えると極端に変わります


家を片づける、きれいにする


本来の目的はなんでしょうか?


もう一度始めから考えてみましょう