「運命の恋愛」第一話

16時すぎ.....この時間はパソコンに張り付いておかないと駄目。
それは彼が急ぎの案件をメールしてくる時間だから。

あと、電話もすぐで出れるようにしないと。
毎日必ず来るって訳では無いし、急ぎの案件の種類も毎回違う。

だからこそ、気合いを入れておかないとてきぱきと仕事ができない
集中力を途切れさせないようにブラックコーヒーを飲みながら、
急ぎではない仕事を続けていく。

17時になった。
よし、今日は彼からのメールがない。定時で帰れる。

久々の定時だから、帰りに駅ビル寄ろう。
新しいワンピースも欲しいし、メイク用品も見てみたい。



仕事終わりの予定をワクワクしながらゆっくり仕事をしていると、
いきなり彼からのメールが飛んできた。

メールの件名は「急ぎ!18時まで!」
この瞬間、駅ビルに寄れる予定は、あっけなく崩れていく。


今回の取引先は、日本有数の大企業。
この案件が取れたら、すごいことになりそうなことは
見積書や提案書の内容をササっと見るだけでもわかる。

今までとは桁違いなスケールの案件。
大勝負の取引に使う書類だから、彼の足を引っ張らないように、
ミスはしないように細心の注意を払いながら書類を作成していく。


緊張しつつ、でもスピーディーに進めていく。

見積書の額が大きくて、私だけでは取引先に提出できない。
社内の規則で見積書の額が大きくなると、
派遣の私だけでは提出できなくなる。

社員の確認が必要となる。
だから仕方なく、苦手なお局様の元におずおずと出向く。

「あのー、お忙しいところ申し訳ございません。
至急案件です。この見積書のご確認を、お願いできますか?」


「はいはい。就業時間終了ギリギリの至急......
どうせ井上くんからの依頼でしょ。急いで確認するね。
うん、問題ないわ。いつもありがとう。

芹沢さんは派遣なのに社員以上に働かせてしまって
ごめんなさいね。井上くんの営業事務は、芹沢さんじゃないとね」


「こちらこそ、いつもご指導ありがとうございます。
安田さんのご指導があるからこそ、
お仕事できてるんです。これからもお願いします」


そう言って、彼女に深々と頭を下げた。
私たち派遣の営業事務の主任、安田さん。

入社20年の超ベテラン。表面上は優しい声をかけてくれるけれど
内心は彼と私に目を光らせてるのを私は知ってる。

理由は、私たちの営業案件を逐一営業部長に報告しているから。
社内で彼と私は浮いてる存在。異端児な二人と呼ばれてる。

そう、私たちが失敗したり困ったりしたら、誰も味方なんてしないだろう。
でも、私たちは失敗しない。そして売上額は部署最高。


だから、表立って彼と私の非難を言う人は居ない。
でも、彼のふてぶてしい性格や、社内の規則をギリギリで
すり抜けていくような仕事ぶりに反感を覚えてる人は多いのは事実

社内での確認作業を終えて、さらにミスや抜け漏れがないか、
なんども確認してから彼にメールする。

「お待たせしました。急ぎ案件の見積書と提案書、メール添付しておきます」
メールを送って1時間後、彼からのメールが届いた。
「芹沢さん、急ぎの案件、直ぐの対応ありがとう。おかげで商談まとまった」

そのメールを見た瞬間、全身の緊張が一気に抜けた。
良かった。そしてほぼ同時に、個人携帯に彼からのLINE。

「ユウ、今回もありがとう。おかげで最高に気持ちいい仕事できた
強気の提案だったけど、競合会社からうちへ契約を乗り換えてくれたよ。
最高の気分だ。ねえ、いつものバーで待ち合わせしよう。お祝いしよ」


彼の誘いはいつも直球で直前。私は、OKというスタンプを押す。

至急案件の常習犯、井上タクロウと運命の恋愛に堕ちている。
私は結婚してるから世間では社内不倫と呼ばれる関係かもしれない


けれどもそんな安っぽい表現じゃ嫌だ。この恋愛は特別。
私と彼は特別な絆で結ばれてるから、運命の恋愛って心の中では名付けている。

そんなことを考えながら、急ぎ足で化粧室に向かう。
簡単にメイクを直し、そして髪型も整える。

彼の彼女になってからは、簡易性のコテとメイク用品を私物が入れられる
引き出しに常備してある。選ぶ洋服は、彼好みを意識して出勤。

いつでもデートに出かけられる準備を万全にしておくのが彼女として当たり前。


ーー続くーー