今この瞬間の記憶がなくり、
たった数分前に自分が何をしていたか覚えていなくて、
ただ、何かしていた形跡だけが残っている。
このような経験をした人は、いますか?
テレビや、映画、ドラマでは、このようなシーンを
たとえばSFものだったり、闘病の感動的な内容のときに
一度は目にしたことがあると思います。
想像してください。もし、自分が・家族が・親が・恋人が・友人が
「若年性 認知症になったら。」
認知症とは、
知障害の一種であり、後天的な脳の器質的障害により
いったん正常にい発達した知能が不可逆的に低下した状態である。
狭義では「知能が後天的に低下した状態」の事を指すが、
医学的には「知能」のほかに「記憶」「見当識」を含む認知障害や「人格変化」などを
伴った症候群とし定義される。
ウィキペディア引用 ウィキペディア上ではこう説明せれています。
若年性 認知症とは、
64歳以下の人が、認知症と診断されると、若年性認知症と診断されると
若年性 認知症というそうです。
これから始める話は、
私の父が52歳で発症し、現在に至るまでの事を
書いていきます。
この病気になってまず身に染みて大切だと分かったことは、
コミュニケーションがいかに重要か。ということからでした。
病気になって、父の母(私から見て祖母)は、誰が見ても一番落ち込んでいました。
それも長いこと。
その姿を見て、辛そうだった父の姿を知り、
一番辛いのは、父を生んだ祖母でもなく、「これからが大変だね。」言われた私たちでもなく、、、
ゆっくりではあるけれど、確実に今迄通りの自分では無くなる恐怖を抱える
父が一番辛いということを、思い知りました。
父とこれまで以上のコミュニケーションをとる中で、見えてくる「父の視点」。
右も左も分からない不安しかなかった初めて尽くしのサポート生活から
学んだ「家族の視点」。
父・家族の両方の視点を書いていこうと思っています。
始めに伝えておきますが、
今後の内容、暗い話が続くなんてことは
一切ありません。
若年性 認知症という病気と
真っ向から向き合い、たくさん涙を流しながらも
小さな壁を何度も何度越え。
その都度、成長していった父と家族の話です。
今もし、似たような立場の人がたまたま
このブログを見つけて
自分だけじゃないって、思えたり。
若年性認知症の家族のサポートを手探りでやっている人の
参考になったりしたら良いなと強く思います。
言うのはただなので、言いますが
将来的には、若年性認知症の知名度、理解度が高まって
若年性 認知症が珍しくなくなり
患者さんがもっとこれまで通りで、病気になる前の今まで通りの気持ちのままで
当たり前のように生活をしていられるよう
ひとりでも多くの方に知っていただければ
良いなと願いを込めて。
2016年12月8日
ブログを開設いたしました。
あすも、読みに来てください。