フシギソウさんです(今江俊樹です)

 

「え、杵柄、自転車に乗れないのか?」

「そうらしいんだ、そんでこれ」

ぽこーん、ぽこーん。

「何をしてるんだ、これは」

「流行ってんじゃないのか、前に俺の不在説が持ちあがって、その時からの引き摺りよ」

律義に拾っては返す、無動君。

「うーん、俺の場合、自転車は兄ちゃんが付きっ切りで教えてくれたんだよな、その代わりになっていう条件付きだったから断れずに死んだ」

「でも俺もどう自分が乗りこなしてるかとかよく分からん」

「俺もなあ、自然と身体が動いてるから、…お、となれば、俺と五馬の二人がかりで杵柄を徹底的にしごくんだよ、びっしばっしと血を吐くまでな」

「おい、今何かが出たぞ」

「え?俺から何が出たんだよ」

「鬼たる素質だよ、さーて、今江も見学の身、俺も帰宅部の身、となれば残るは杵柄のスケジュールだ、いつ空いてるわけよ」

「お、教えてくれるの?」

「おーい、今俺と五馬で二人がかりでって言ってたんだよ、疲れてんだなこりゃ、んーそだ、杵柄が生徒会がない日、いつでもいいぞ」

「ええと、今は割と暇、実は生徒会長だけが使えるってハンコみたいなやつ、壊れてるから仕事が大幅に減ってるし、だから篤麻も部活見学って今日もいないんだから」

「そか、そうなると、善は急げだな、今からやるぞ」

「え、2人ともいいの?」

「はい気にしなーい。そういや今江、自転車どうすんだ、家に帰れんのか」

「か、帰れます!!その代わりにみ、見張りを、お願いします…」

 

こうして、3人の自転車談義?となりました。

 

「俺は兄ちゃんに教わったんだよ、あー後の事は聞かないでくれな、とにかくだ、最初は補助輪とかをつけて、両方な、それを片方にしてって、ラストは後ろを掴んでもらっててというやつ、そして気が付くと後ろに兄ちゃんはいなかった、という幸運なラストな」

「こええわ」

「つか五馬って誰に教わったんだ?」

「え、誰にも教わってないが」

「え?」

「でも流れ的には途中まで今江と同じだ、補助輪片方から始めて、後は終わった」

「簡単だなー、とりあえず杵柄がどこまでやれるかだな、よし、杵柄ゴウ」

固まってます、元就君。

「見たことはあるんだよ、自転車」

「そっからかい」

無動君がここはハンドルです、ここはサドルですと説明をしております。

「で、ここがペダル、足を乗せて漕ぐという箇所な、補助輪はないから俺と今江で交代で後ろをがしっとしてるから、とりあえずどんな感じかくらいを今日は掴もう」

「が、頑張るよ」

「あー杵柄、肩に力が入ってるとなんにもできないんだぞ、リラックスリラックス、じゃないと血を吐くぜ」

ところどころで水泳部鬼部長の片鱗が出ているフシギソウさんです。

 

「転んでも転んでも立ち上がるのが人間とは言うが」

「やべえわ、どうしてもう乗れてんの」

 

元就君はすんなりと乗りこなしてしまいました。

 

「そういや今江は知らないよな、杵柄って2歳の時伝説になったんだよ」

「え、伝説!?」

「いきなりアヴェ・マリアを歌ったし、ピアノも2曲弾きこなしたな、あー、乙女の祈りとトルコ行進曲」

「おお、それは伝説になるな」

「俺はそれを全然覚えていないから何とも言えないんだよ」

「マジ?ああでも2歳だからな、無理もないわ」

「そういや今江ってピアノも習ってたんじゃなかったか」

「習ってたよ、だからこその伝説だって言えるわ、俺が得意だったのは月光だな、でもスイミングスクールが俺を呼んでしまったのさ」

「月光か、うーんと」

「あれ、杵柄も弾けるのか」

「多分、こういう感じの、」

元就君が鼻歌ですが、月光のメインの部分を歌ってみました。

「じゃ、じゃあトロイメライとかは?」

「んー、これかな」

もう一度、元就君がマジで歌っています。

「タイトルが分かってなさげなのに曲はドンピシャってどういう感じかね」

「でも多分これかなあみたいな、それで」

「ふーん、でもどうよ、自転車乗れたじゃん」

「あれで乗れたって言える?」

「言えるよ?なあ五馬」

「乗れたな」

「じゃあ乗れたんだ、そっか」

「ハイ質問」

「何?」

「何か前々から乗れてたみたいに見えたんだけど、俺の勘違い?」

「え、俺は全然だよ、だってハンドルとか知らなかったんだし」

「じゃあまぐれ?でも俺と五馬が支えなくてもすいすいだったじゃん、こう見えて俺、自転車の練習って兄ちゃんと1週間はやったよ、早く覚えないと殺されるからな」

「まぐれなのかな、うーん」

「そう言えば篤麻は乗れんのかな」

「それは分からないなあ、篤麻って興味持たないと動かないから」

「あーそうだった…つか、何で瑠璃ちゃんてあそこまで篤麻に過保護なわけ?」

「篤麻も意味不明って言ってたからなあ、でも仁科さんを優しい仁科さん、としか呼ばないから、篤麻にとっての仁科さんは、『優しい仁科さん』以外の何者でもないってことなんだよ、悪気はないんだ」

「それは分かってるけど、時々怖いんだよな、頼む!杵柄、篤麻には普通に教室に帰ってきてくれって言って、俺毎回毎回心臓が砕け散りそう、知りたがり屋じゃなくて死にたがり屋なんじゃないかと」

「うーん、興味を持たせてみるよ」

「…何なんだこの不毛な会話」

 

「じゃあもう一度だけ復習ってことで、乗れればオッケーとしよう」

「…」

固まってます、元就君。

「ん?」

「どうしたよ」

「ええと、」

「あーもう一回か、じゃあ最初からな、これがハンドル、これがサドル、」

 

そして乗るとなるとすんなり乗ってしまう元就君。

「どゆこと?」

「俺にもさっぱりだ」

「…もしかしてだけど、杵柄ってあれなんだろ、全部の試験を全部模範解答で出しちゃうとかって、それの延長っていうか、いや違うか、自転車を乗る事って普通の事だからな、でも何回か繰り返せば、」

「今江、たまにはお前もまともじゃないか」

「え、いつも俺はまともじゃないんですか」

 

「つまりは、普通の事は無理ってことか、普通じゃない事は完璧に出来る、…す、すげえな、でも納得がいくな、模範解答ばっかという事がまず普通じゃないからな、となると、俺達が簡単に当たり前に普通に出来ることが、逆に杵柄にはすげえ難しいってことだな、うんうん」

「自転車に乗れないってのがまず普通じゃないなとは思ったんだが、だってもう17だし、でも前提としては普通じゃないとなっていても、やってることは普通とされる事だから、その逆転の発想だな、そうすれば終わるわ」

「ん?」

「だから、一つの刷り込みだな、見てろ」

 

「杵柄、実はな、自転車に乗れるって事はすげえ普通じゃないんだわ」

「どういうこと?」

「そして、自転車に乗れないという事は普通なんだ、というわけでもう一回、ラスト」

「あ、うん」

 

「じゃあいっきまーす」

 

「な?すんなりだろ、最初の説明すっ飛ばしてふっつーに乗りこなしてるわ」

「よく分からない、どういう仕組み?」

「頭だよ頭。自転車に乗れないことが普通じゃないって思っていた、同い年とか先輩とか後輩が乗りこなしてるのを見たことがあるってわけだから。

だから自分が乗れないのは普通じゃない、と頭で考えてるな、そこで。

でも実際乗るとなると、誰もが普通に乗りこなせるような、ちょっと練習が必須となってもだ、

ここで杵柄が頭の中で、『みんなは普通に乗っている』と考える、つまり、

自転車に乗ることは普通の事という頭が出来ているから、

序盤から躓くわけだ。

だからその発想、考え自体を真逆にしただけだな、

自分は普通じゃないって決めつけてる部分があるから本当は出来る事も、

それが普通の事という認識がそこで働いてしまうと一気に、出来なくなる」

「じゃあ何でもかんでも杵柄には普通じゃない事だと俺達は言い続けるのか?」

「時に寄りけりだろうな、でもこの事には今江が気付いたんだから、さすがは水泳部部長だな、塩素が好きなんだろ」

「おう、俺は泳ぐために生まれて来たようなもんだよ」

「なら、杵柄は今江みたいに何かを断言できるような意味とかを見つけられれば、

すげえ簡単に何でもやりこなせるようになるな」

「そうだな、…でもさっきさ、投げられてたの何」

「あー、ただ遊んでるだけじゃねえの、あ、今江にも投げとけって言っとく」

「え、どういう流れ?」

「今江俊樹はフシギソウなんですよ」

「…は?」

「そして仁科瑠璃はミュウツーなわけです、あ、フシギソウって草系統だからやばいのは火だな、ミュウツーは火じゃないんだよな、あ、仁科瑠璃はフシギダネにしとくか」

「え、どういう意味」

「それと神保篤麻だろ、…ああ成程、マジもんで篤麻がミュウツーでいいじゃねえか、ミュウツーは強すぎるからな、…だがラッキーは譲れない…!!」

「おーい、五馬くーん」

「あ、あの昼寝してたでっかい邪魔くさいの、あれを郷戸先生にしよう」

「は?」

「俺、郷戸先生がライバルなんだよな、ああくっそ、勝ちたい、なのに勝てない、いっそのこと生物という科目をこの世から消し去ってやりたい、ホルマリンを抹殺する」

「おーい」

「つか何、俺の理想像(想像図)を落書きとか、そら落書きとされるのは分かるけどさ、学生のちょっとした可愛いお遊び感覚として受け取ってくれないかね、そういう寛大さを高校教師は持てないのか、はーやだやだ、もうやだね、俺はやっぱ不登校になります、さようなら」

「あー五馬、そういうとこだよそういうとこ」

「ん?」

「俺いつも思ってたんだけど、五馬って自分の世界観ががががっとあるだろ、だから俺達があれ?ん?ってなっちゃうんだよ、もちっとでいいから考えてる事外に出しなって、察しがいいのとか悪いのとかじゃなくて、俺からすれば杵柄と五馬って同じに見える、何かすっげえ溜め込み過ぎっていうか、

吐き出せる相手とかいればもっと簡単に楽になれると思うんだけど」

「今江にはそんな相手いんの」

「うん、諏訪先輩、うわー俺にとって神だよ神、尊敬しちゃうね、クラス委員長としての役割とかを俺に教えてくれたのが諏訪先輩だから、

諏訪先輩が俺の兄ちゃんだったらよかったのにとかすげえ思ったぞ、

でももうお別れかと思うと、頑張って下さいとかしか言えないのもつらいな、

法学部だし、将来は裁判官になりたいって、素質は抜群だから大丈夫だろうけど、

俺もずっと法学部に入るっていう道に立たされてたから、

それはそれで瑠璃ちゃんに感謝だな、

きっかけが何であれ、俺はやりたいことが見つかったんだから」

「杵柄って、何かやりたいこと、あんのかね」

「ああそう言えば、うちのクラスで進路決まってないの、杵柄と篤麻だけなんだよな、

篤麻はしょうがないよ、本当ならまだ1年だったんだし、でも杵柄はどうなんだろ、いつも気が付いたら走ってばっかだから、俺は追いつけないな」

 

帰り道です。

「お、俺も自転車に乗れた…!!」

「すげえな、杵柄は自転車に乗れたことが嬉しい訳かあ」

「うん、いくら洗濯機とか冷蔵庫とかを運べても、自転車に乗れないって恥ずかしいじゃん」

「…え?」

「あーその、うちの父さんって酒乱でね、お酒を一滴でも口に入れたらやばいんだ、母さんも母国のフランスで死闘を潜り抜けて来たある意味猛者だから、その2人の戦いの後は俺、掃除だよ。そして壊れまくってる家電様たちを買い直す、その時に俺が洗濯機とか冷蔵庫を運ぶんだ、でも慣れれば簡単なんだけどね」

「い、五馬、分かったよ俺」

「ああ、俺もすげえよく分かった」

「今日はありがとう、二人がいなかったら俺はいつまでも自転車に乗れなくて恥ずかしかったかもしれない、これで少しは普通に近づけたんだよ」

「おーおめでとー」

「あ、そうそう杵柄、世代交代だ。フシギソウはそのまま、ミュウツーが世代交代、神保篤麻がミュウツー、そして元ミュウツーがフシギダネとなります、そしてあなたは永遠にラッキーです」

「ん?」

「ちなみにミュウツーはめたくそ強いので捕獲がすっごく大変です、瀕死状態に追い詰めてもなかなかくたばらずにボールに入ったかと思っても何としてでも出て来やがるという相手です、ミュウを捕獲することは奇跡としても、ミュウツー捕獲となると奇跡ではなく、死闘の果ての奇跡となりますので、どうぞ頑張ってください」

「えーと」

「そして昼寝をしているくっそ邪魔な方がおりますが、あれは郷戸道明という名前です、後で一緒に生物準備室を共に破壊し尽くしてやりませんか、ホルマリン漬けを投げ捨て、この世から生物という科目を抹消しましょう」

「おーい五馬、それだっての」

「いやいや、これでいいんだって」

「お、俺は」

ぽこーん。

「それでもミュウを捕獲したい、そしていつかミュウの譲渡先を探す」

「はい質問」

「何、ミュウ」

「俺の苦労を水の泡としないでくれませんか、ミュウをお見せしました、それはいいとしてラストの譲渡先ですよ譲渡先、俺は猫ではありません」

「やだなあ、ちゃんと素敵なお宅を捜すから、安心してよミュウ」

 

帰り道。

「オタクを、お宅と勘違いしてるのか…杵柄も、今江も…」

無動君、空を見上げます。

「お前だったら、お宅って思ってくれないんだろうな、だって一緒に見てて、一緒に聞いてて、一緒に居てくれたんだから、俺が何が好きだとか、何が嫌だとか、何がつらいとか、何が苦しいとか、全部聞いててくれてた筈だしな、…ごめんな、代われるものなら代わってしまいたかった、もし代われたとしても、俺だったらまだ自分の意志で自分の身体が動くうちに、俺は俺を終わらせてしまっていたんだけど、そういうことも嫌だと思われるかと考えると、たまにどうしたらいいか分からない、

今江には話せる相手がいる、でも俺にはもういない、馬鹿だなあ、こんな無様にものうのうとまだ生きてるとか死ぬことに躊躇もないのにそれを裏切ることも出来ないから生きて、

医者になって、少しでもその痛みを知って、それからもう一度話そう、

分かりにくいって言われた、

でも別段、俺は理解されたいという願望も希望も無い、

どうしたらいいのか分からなくなった、

…今夜は少し徹夜して、昔知ったあの一節でも読み込むしかないな、不動」

 

「おっかさんは、僕を、許して下さるだろうか」

 

そう呟いて、無動君は目を閉じます。

「長い事眠ることを避けてきたから、起きていないととだけだったから、そうはなかなか治らないな、不眠症」

 

無動君の徹夜は、すごーくすごーく長く続いている、人生の癖のようなものです。

それでも朝が来れば起き上がり、学校に行きます。

 

「(あー…だりい、眠い、くっそ疲れた…)」

そういうとこだぞ、という今江君の言葉がよぎります。

 

「…」

そんな時、例のあれです。

神保篤麻VS橘総太朗戦です。

総合進学部現首席を賭けた戦いがあります。

 

「五馬君、席替は無理なんだけど、ちょっと参加してみない?好きな席に座っていいから、前に約束したよね」

「…そう、でしたね」

 

こうして、五馬無動が同席となったあの一件が始まります。

それは明日書くよ、多分☆