「聴く」って、ただ話を聴くことじゃない
退院してこられたある在宅療養中の方と、久しぶりにゆっくりお話しする時間がありました。
その方は、病院で大きな治療の選択を迫られていました。
医療者から根本で治療するには〇〇だと
ご本人は「自宅で過ごしたい」という思いを持ち、ご自身で一つ決断されて退院されました。
在宅に戻ってから、私はその決断に至るまでのことを聴きました。
私が意識したのは、ご本人にマイクを突きつけてインタビューするような傾聴ではありません。
先日述べた【全体観察傾聴】です
そして否定しない、アドバイスしない
ただ相手の言葉だけがその場に漂うような
繰り返し・相づち・うなづきです
勝手に話し始めてくれます
沈黙もありながらちゃんと
セキュアベースさえ意識できれば
なぜ、そう決めたのか
これまで何を感じていたのか
何を大切にしたいと思ったのか
すると、その方は、とてもはっきりとした声で、落ち着いて、ご自身の考えを話してくださいました。
そこには、
「私はこう考えて、こう決めた」
という確かな意思がありました。
私は、お話を聴きながらよく思うことがあります
この人の中には、ちゃんと答えがある
だから私は、答えを与える必要はない。
ただ、その人の中にあるものが出てくるのを邪魔せずに聴けばいい。
そして訪問看護師として、
その方が何を大切にして、なぜその選択をしたのか。
その背景にある思いも含めて記録し、共有することは、この方を理解して支援していくために大切なことだと思いました。
傾聴(相手観察傾聴、全体観察傾聴)
共振
続く









