先日、知り合いから「真面目すぎて一緒にいると緊張するわ」と笑われました😅

 

周りも笑っていたので、私も一緒に笑いました。

 

冗談ですよね?

 

ここは笑うところですよね?

 

そう判断して、口だけを笑顔の形にしたんです😶

 

でも家へ帰る頃には、その言葉が胸の中へ刺さったまま抜けなくなっていました🫥

 

私は本当に、一緒にいる人を緊張させているのかな…。

 

また私だけ、冗談を本気に受け取ったのかな…。

 

考え始めたら、あの場にいた全員の表情まで脳内へ戻ってきました🌀

 

笑っていた。

 

ということは、やっぱり面白い話だった?

 

それなら傷ついた私のほうがおかしい?

 

答えが出ないまま、冷めたお茶を三回温め直しました☕

 

傷ついたと言えず自分へ説教した

 

私は昔から、冗談へうまく返せないことがあります。

 

その場で言葉どおり受け取り、あとから意味を考えて沈むんです😓

 

今回も、「気にしない大人になれ」と自分へ言いました。

 

40代なんだから、この程度で傷つくな!

 

相手に悪気はなかった!

 

空気を悪くしなかった私は偉い!

 

褒めているのか叱っているのか、もう分かりません。

 

感情へ感情を重ね、心の中が満員電車になりました。

 

誰か一人、次で降りてください!

 

そんな日に楽天で見つけたのが、黄色くて長い叫ぶチキンでした🐔

 

お腹を握ると、かなり必死な声で鳴くというおもちゃです。

 

商品写真を見た瞬間、私より先に言いたいことがありそうな顔だと思いました😳

 

 

 

 

 

 

私の代わりに鶏が全部叫んだ

 

届いた箱を開けると、想像より存在感がありました📦

 

かわいいというより、何かを訴えながら会議室へ乱入してきそうです。

 

私は台所で、あの冗談を思い出しながらチキンのお腹を握りました。

 

ギャーッ!

 

想像の二倍、大騒ぎでした😂

 

私も驚いて手を離し、チキンを流し台へ落としました。

 

ストレスを発散する前に、ストレスが一羽増えた!

 

しかも家族が「何の音?」と走ってきました🤦‍♀️

 

私は黄色い鶏を持ったまま、「ちょっと気持ちを整理していて」と説明しました。

 

説明としては、かなり弱いです。

 

でも家族がチキンを見て笑い、私もつられて笑いました🙈

 

あの人の冗談を笑えたのではありません。

 

台所で鶏を握っている自分が、あまりにも予定外だったんです。

 

笑っても傷はなかったことにならない

 

そのあと私は、チキンをもう一度だけ握りました😮‍💨

 

今度は小さめに押したつもりでしたが、鶏に音量調節の気遣いはありません。

 

全力です!

 

私は笑いながらも、「あの言い方は嫌だった」と初めて声に出しました🍳

 

相手へ伝えるためではなく、まず自分が聞くためです。

 

冗談だったとしても、傷ついたことまで間違いにはならない。

 

そう言ったら、胸の中の満員電車から一人降りた感じがしました🧩

 

このチキンは音が大きいので、夜や集合住宅では使う場所を選びます。

 

静かな癒やしを期待すると、たぶん最初の一声で裏切られます。

 

強く握り続ければ、いつか傷んだり音が変わったりするかもしれません。

 

人とのズレや孤独を解決する物でもありません。

 

それでも私には、我慢して固まった気持ちへ、一度だけ変な風穴を開ける道具になりました🌙

 

翌日、私は相手へ苦情の長文を送りませんでした。

 

次に同じようなことを言われたら、「それ、私は少し傷つくかも」と短く返してみようと思ったんです🙂

 

実際に言えるかは分かりません。

 

また笑って帰る日もあるでしょう。

 

でも帰宅後、自分へ「冗談も分からないの?」と追い打ちをかけるのはやめます🌱

 

今もチキンは台所の棚から、ものすごい顔でこちらを見ています💛

 

押さなくても、顔だけで少し面白いです。

 

家族に隠しておこうと思ったのに、すでに全員へ見つかりました📌

 

秘密を守るには黄色すぎました!

 

今日は嫌な言葉を思い出したあと、お茶を飲んで、それでも残った分だけ鶏へ任せます😌

 

私より大げさに叫んでくれるので、「そこまでか?」と自分で笑える夜もあります🫖

スマホを見ていたら、昔の知り合いが近所の店へ来ていたことを知りました📱

 

その人とは、以前会ったときに「またお茶しよう」と話していたんです。

 

私はメッセージ画面を開きました。

 

今度、近くでお茶しない?

 

たったそれだけが送れませんでした😶

 

忙しかったら迷惑?

 

社交辞令を本気にしていると思われる?

 

断られたら、もう友達ではない?

 

まだ誘ってもいないのに、私は断られたあとの孤独まで先に味わっていました🫥

 

未来の悲しみ、前払いです!

 

ポイントも付きません😅

 

書いて消して一人で関係を終わらせた

 

私は文章を書いては消しました。

 

久しぶりだから丁寧にしたほうがいい。

 

でも丁寧すぎると距離がある。

 

絵文字を付ける?

 

ハートは重い?

 

笑顔だけでは事務連絡っぽい?

 

文章が決まらないまま、洗濯機が終了を知らせました🌀

 

私はスマホを伏せ、洗濯物を干しました。

 

そして「今さら誘っても変だよね…」と、自分の中だけで関係を終了させたんです。

 

相手は何も断っていません。

 

私が相手役まで演じ、勝手に断りました!

 

友達が欲しいと言いながら、入口へ立つと、私はすぐ家へ戻ります☕

 

寂しさより、断られたときの恥ずかしさのほうが怖かったんです。

 

社交を大イベントにしすぎていた

 

そんなときに読んだのが、古市憲寿さんの「コミュ力不要の社交術」でした📕

 

 

 

 

 

大人になってから友達ができないことや、人付き合いに疲れることを扱う本でした。

 

社交を性格ではなく技術として見る考え方に、私は少し驚きました😳

 

私は一回のお茶へ、友情の合格発表まで背負わせていたんです。

 

誘いを断られることは、日程が合わないだけかもしれません。

 

でも私の頭では、「あなたとは今後一切会いません」という最終判決に変換されます。

 

変換機の性能が極端すぎる!

 

私は本を読みながら、短く、断りやすい誘い方を考えました。

 

ところが、また二十案も作りました😂

 

気軽な社交のために、企画会議を二時間です。

 

社員一名なのに会議が長い!

 

私は自分へ突っ込み、候補を全部消しました🤦‍♀️

 

友情ではなく三十分を誘ってみた

 

最後に残したのは、「来週そちらへ行く日があるので、都合が合えば三十分くらいお茶しない?」という文章でした✍️

 

そのあとへ、「難しければ、また今度で大丈夫」と付けました💬

 

送信ボタンを押した瞬間、私はスマホをソファへ置きました。

 

置いたというより、少し投げました!

 

壊れるほどではありません。

 

友情より先にスマホが壊れたら、話が変わります😮‍💨

 

十分たっても返事はありませんでした。

 

私は何度も画面を見たくなりましたが、先に買い物へ出ました🧩

 

帰宅すると、返事が届いていました。

 

私が提案した日は難しいけれど、翌週なら短い時間で会えるという内容でした。

 

断られた部分もあり、誘いが残った部分もありました🌙

 

以前の私なら、最初の「難しい」だけを見て落ち込んだと思います。

 

今回は、翌週の日付まで読みました🙂

 

ちゃんと最後まで読む!

 

人付き合い以前に、読解の基本です。

 

この本の考え方や著者の言い回しが、全員に合うわけではありません。

 

行動しても断られる日はあるし、苦手な人付き合いを無理に増やす必要もないと思いました。

 

私は友達を増やす計画ではなく、一人へ一度だけ連絡するために使いました🌱

 

翌週、私たちは本当に三十分だけ会いました💛

 

久しぶりだったので、会話が止まる瞬間もありました。

 

私は沈黙を埋めようとして、店の照明について急に語り始めました🪑

 

なぜ照明!

 

もっと普通の話題があったでしょう。

 

それでも相手は笑い、次の予定があると言って帰りました🫖

 

次にまた会えるかは分かりません。

 

三十分のお茶が、一生の友情を保証するわけでもありません😌

 

でも私は、断られる前に自分で関係を終わらせませんでした📌

 

帰り道、友達ができたというより、自分から一歩出られた感じがしました🌤️

 

今も送信ボタンは怖いですが、友情ではなく三十分だけ誘うようにしています。

私の誕生日が近づいた日、家族から何を食べたいか聞かれました🎂

 

私は反射的に、「みんなが食べたい物でいいよ」と答えました。

 

本当は何が食べたいの?

 

そう聞き直されても、何も浮かばなかったんです😶

 

焼き肉でもいい。

 

お寿司でもいい。

 

家で食べてもいい。

 

選択肢はあるのに、私の気持ちだけが圏外でした🫥

 

家族の表情なら分かる気がするんです。

 

夫は早く決めたそう。

 

子どもは焼き肉を期待していそう。

 

そこまで読んだら、もう自分の希望を探す場所が残っていませんでした🍽️

 

私の誕生日なのに、主催者が不在です!

 

しかも不在届もありません😅

 

嫌だったことは帰宅後に分かった

 

結局、家族が喜ぶ店へ行きました。

 

食事中は私も笑っていました。

 

でも帰宅後、急にどっと疲れたんです。

 

私はその日、大きな音のする店がつらかった。

 

本当は静かな場所で、温かい物をゆっくり食べたかった。

 

それが分かったのは、全部終わってからでした🌀

 

遅い!

 

私の気持ち、配送に何日かかっているんでしょう?

 

自分が何を望んでいるか分からないのに、相手の希望だけは先回りして探す。

 

それを気遣いだと思っていました。

 

でも、頼まれてもいない顔色まで読み続けると、私はいつも最後に残った物を選ぶことになります。

 

そんな頃に見つけたのが、田中よしこさんの「自分の気持ちがわからない沼から抜け出したい」でした📘

 

 

 

 

 

自分が何に怒り、何に悲しんでいるのか分からない人がいるという説明に、私は立ち止まりました。

 

これ、私だけではなかったの?

 

少し安心した一方で、今度こそ自分の本心を正しく発見しなければと力が入りました😳

 

また試験にしています!

 

自分の気持ちに合格点なんてありません。

 

立派な答えを書こうとして白紙になった

 

私はノートを開き、「本当は何がしたい?」と書きました✍️

 

しかし、答えが出ません。

 

家族が健康ならいい。

 

穏やかに暮らしたい。

 

誰にも迷惑をかけたくない。

 

立派そうな言葉ばかり並び、自分の希望がまた隠れました😂

 

面接で模範回答をする就活生か私!

 

しかも採用担当も私なので、永遠に選考が終わりません🤦‍♀️

 

ノートには、たった一行の「私はこれが嫌だった」が書けませんでした。

 

嫌だと認めたら、家族を責めることになる気がしたんです。

 

でも、店の音がつらかったことと、家族が悪いことは同じではありませんでした💭

 

私は質問を変えました。

 

何がしたいかではなく、「今日は何がしんどかった?」と書いたんです。

 

すると、「大きな音」「急いで決めること」「お腹がいっぱいなのに追加を勧められること」が出てきました😮‍💨

 

どれも人生の使命ではありません。

 

でも、その程度の小さな感覚なら拾えました☕

 

好きより嫌を一つ伝えてみた

 

数日後、休日の昼食を決める場面がありました🧩

 

私はまた、「何でもいい」と言いかけました。

 

そこで、「今日はにぎやかな店は疲れそう」と一つだけ伝えました。

 

食べたい物ではなく、避けたい物だけです。

 

家族は少し考え、近くの静かな店を選びました。

 

私の希望を言っても、食卓は崩壊しませんでした!

 

当たり前のことなのに、私はかなり驚きました🌙

 

この本を読んでも、自分の気持ちが毎回すぐ分かるわけではありません。

 

質問によっては、考えるほど苦しくなることもあります。

 

私は順番に読み切ろうとせず、今の自分に近い部分だけ開くようにしました🙂

 

自分の気持ちを知れば、いつも希望が通るわけでもありません。

 

誰かと違う希望が出れば、話し合いが必要になります。

 

それでも、最初から自分を人数に入れないよりはいいと思いました🌱

 

最近は夜に、「今日、嫌だったこと」を一つだけノートへ書きます💛

 

その下へ、できそうなら「少しよかったこと」も一つ書きます。

 

書けない日は空白です。

 

空白まで、気持ちがない証拠にはしません。

 

次の外食では、私は温かいそばが食べたいと言えました🥢

 

夫は別の物を食べたそうでしたが、相談して店を決めました🫖

 

全員の顔色が同じ明るさになる答えは、やはり見つかりません。

 

それでも私の気持ちは、以前より少し電波が入るようになりました😌

 

圏外の日には、無理に答えを作らず、「今日は決められない」と書いています📌