Korculaのブログ -7ページ目

元祖おバカキャラとして評論家の竹村健一がいる。羞恥心は芸能界の遅れてきた竹村健一だ。

金曜日に同期が集まって飲んでカラオケをした。羞恥心(つるの剛士、上地雄輔、野久保直樹)が人気だ。おバカキャラが何故流行るのか。1つは、その存在がアンチテーゼになっているということだ。元祖おバカキャラとして評論家の竹村健一がいる。羞恥心は芸能界の遅れてきた竹村健一だ。(1)本を何百冊も出版して本の持つ価値感を変えてしまった。その延長上に芸能本もある。上地らも本を出してその恩恵を受けているが、羞恥心はタレントの価値感を変えてしまった。(2)対話の仕方を変えた。ただうなずくだけだったり、全くかみあわない対話をしても平気であった。(3)バカさをされけだしても、テレビメディアとはそういうものであると開き直っていた。(4)視聴者に評論家とはこんなもんかと自信を与えた。(5)どんなに名声のある人物でも、裸にすれば家庭内の親兄弟とかわらないということを知らせてくれた。(6)素人の評論とはこういうものだというのを身をもって教えてくれた。(7)手の内が視聴者に透けてみえていても、恥をさらして平気であった。どうでしょう?。(072080-1)

田舎者を偽装するときに、はじめて故郷と都会とのデペイズマンの深さを測ることができるのだ。

浜口京子。銅の笑顔に感動。べったりのようで微妙な距離を保っている。そんな親子関係が素敵に思える。そこに失われた故郷が見える。トーマス・マン、谷川雁(がん)は離郷者ではなく無郷者だった。『東京にきびしく向きあって屹立するに足る故郷の遺物を持ちこまなかったために東京でも「何も見ることができなかった」のである』。アリストテレス。彼は一度自らの故郷を捨ててから、あらためて田舎者を偽装するときに、はじめて故郷と都会とのデペイズマン(dépaysement) の深さを測ることができるのだ。土着の生理を論理化するリゴリズム(厳粛主義)。生理としての土着。それの意識内での回収。マルセル・カルネ「マンハッタンの哀愁」。ノーマン・メイラー「一分間に一万語」。蚕食。「怠惰」の禿鷹の翳。ニヒリズム。プラスチックのように単純。自分への「関心」の勧誘。「書斎の墓守」。寺山修司「歴史上のサーカス」。(071680-1)

言語概念の背景には、民族のエトスがあるということだ。

アメリカニズムとは何か。Googleで「とは」を付けて検索するのもよいが、「アメリカニズム~言葉と気質」(坂下昇)を読んでみるのはどうだろう。語義からは、アメリカ主義、アメリカ信条、アメリカ体制、アメリカ運動などをいう。中国五輪が盛大に開催されて、いよいよアメリカニズムも終焉かと、深い考えもなしに先走ってしまう。アメリカ語を通じてアメリカ人の習慣や気質(Temper)を解いてみよう。「言語概念の背景には、民族のエトスがあるということだ。どの民族にもそれぞれ、美しい、真だ、善だ、と思う伝統的な価値意識があるとして、これを仮に"エトス"という名で呼ばせていただく。この本はそうしたアメリカニズムの万華鏡のうちでも、もっとも際立って異邦人の耳に入り、目を打ったものを手がかりに、彼らのエトスを探ろうとしたものに過ぎない」。アメリカ的なものをみてみよう。合理主義、ポップアート、ロッテリア(マクドナルドの勘違いか?)、ケンタッキーのチキン、チューイングガム、マリファナ、ヒッピー(?)、カリフォルニア・サウンド、アメリカンロック、アメリカンコーヒー、ジーパン、Tシャツ、カントリーフォーク、ジャズ、ペーパーバック、ケネディー、ニクソン、クリスマス(?)、セックス(?)、マンハッタン、摩天楼、ロールスロイス、ローラースケート、スケボー(?)、ボブディラン(?)、IBM。IBMのパソコン部門は中国に買収されたんだよ!(071480-2)