小学生の頃は「なかよし」読者で、
ちょうど「美少女戦士セーラームーン」や、
「魔法騎士レイアース」「怪盗セイント・テール」なんかが、
連載されていた時期だったかと。
「カードキャプターさくら」もクロウカード編途中ぐらいまでは、
本誌で読んでた気がします。
先月からまたしても軽く体調を崩してしまって、
いろいろ予定がすっとんだ結果、やったことはなにか。
「美少女戦士セーラームーン」の原作本を全巻読むという(苦笑)
いや、本誌でも読んでいたし、
友人に単行本借りて読んだりはしてたんですよ。
ただ原作本を通して読んだことはなかった、と。
あれリアルタイムで本誌で読んでいると、
「そこから伏線あったんかい」とか、
「こんな壮大なテーマあったんかい」とかわかんないんですね(苦笑)
月刊だから、二号前でも二か月前ですし、
伏線覚えてなかったりとか、そんなんザラでしたので(苦笑)
それじゃあだめじゃん(春風亭昇太さん風)
改めて読んでみて、これ完全に「哲学書」ですなあと。
というのも、第一部「ダーク・キングダム編」は、
うさぎちゃんとセーラー戦士たちが前世の記憶を取り戻しつつ、
「大切なものは何か」「守るべきものはなにか」という戦いだし、
第二部「ブラック・ムーン編」とは、
愛とはなにかというものが大きなテーマだし、
第三部「デス・バスターズ編」は、
人は何のために生きるのかというテーマが、
とても深く描かれていることに、いまごろになって気づいたんです。
(実は今そこまでしか読めてないのだ)
あと、立場変われば価値観も正義も変わってくるとか、
(作者監修ゲームでクイン・ベリルが実はすごく葛藤してたこととかね)
人の魅力は宝石と同じで、それを石とみるか宝石と見るかで、
扱いまるで違うとか、
その輝きで救われる人もいれば、
その眩しさで人生を狂わす人もいるという話も、
なんかすごくきれいに織り込まれているというか・・・・。
あとメタリアにしてもワイズマンにしても、
「相手の弱み」につけこんで心も体も奪って自分の手足として使ってしまうというのが、
なんかもうその・・・うわああと(語彙力)
あとほたるちゃんの「こんな体になってまで・・・」のくだりは、
本誌で読んだときに、頭がつんと殴られたようだったのを覚えています。
当時はまだ、いじめられたことの詳細、親にあまり話してなかったんで・・・。
てかあのときのほたるちゃんと私意外と歳近かったし、
小学生で人生について悩むなんておかしいんじゃないかとか、
そういう悩みは常に持ってたからなあ・・・。
近いうちにセラムンストアに、サターンのグッズを仕入れに行こう・・・・。
しかしまもちゃんの、いかにも少女漫画な「俺が守る」ではなく、
「君は信じた道を行け(そのために支えることとサポートは俺がするから)」という、
あの愛の形を中学生の時に提示されてしまっては、
そりゃ私、いろいろパートナーに求めるハードル高くなるわなって(笑)
とはいえ、合う人がいればパートナーは欲しいけど、
それが結婚や恋愛というと、どうにも違う感しかないので、
そこ追及されるのが面倒なので、
「タキシード仮面さまのせいでねえ」「緋村剣心のせいでねえ」
「土井先生のせいでねえ」と、
適度に逃げに使わせてもらってますけど(苦笑)
あと、松本洋子先生のホラーも好きだったし、
野村あきこ先生のトリッキーな設定で「人間」を描くのも好きだったなあ。
それと夏にはホラー特集があって、
松本洋子先生の新作短編だけではなく、
普段はコメディを描いている作家さんまで、ホラーを描くんです。
実はそれが滅茶苦茶怖い話が多くてですね(笑)
やはり、コメディを描ける人というのは、
人間というものをすごくよく観察していないと描けないので、
そういう作家さんがシリアスで人の業を描いたら、
それはそれはもう、じわじわ怖い話になるよなあと。
「セキホクジャーナル」の作者さんが描いた短編ホラーなんて、
私が今まで読んだホラー漫画の中で一番怖かったといっても過言ではない(苦笑)
私はその話で「パンドラの箱」という概念を知りました、PIERROTより先に(苦笑)
改めて、やはり人を「描く」ということは、
人をしっかり見ていないと、人を知らないと描けないもので。
シリアスはもちろんだけど、コメディやギャグは「人」を知らないと描けないなと。
(なので今季「コンフィデンスマンJP」をゲラゲラ笑いながら見ております)
そのあたりの経験値、私はここ数年で積めたのでしょうか。
環境を変えようと思って5年、あがいてもがいての5年。
正解かどうかはまだわからないし、一生わからないのかもだけれど、
胸張って言えることは「あの日の決断は間違っていなかった」と。
そしてそれを「正解にする」「間違いにはしない」と、
一生懸命頑張ってきた自分を、きちんと褒めてあげないとなと思います。
話変わりましてデイジーの6月5日、とても素敵なライブでした。
でもそれと同時に、
今私の心に光をくれるのがデイジーなら、
闇をもたらすのはなんだ?と思ったとき、
ぱっと頭に浮かんだそちらとも決着をつけないといけないなと。
さ、明日からまた忙しくなりますぞ。
なーに、迷ったときはデイジーが光をくれるし、
悩んだときは武瑠さんが無理やり前向きな言葉をくれるさ。
肩の力抜いていこう、そうしないとドライアイがひどくなる(苦笑)