合理的配慮の精神って、基本これだと思うんですよ。
このくらい気軽にできることとできないこと、
配慮してほしいことと補助があればやれることの説明ができればいいのですが。
ここのところずっと書き出しが「お久しぶり」とか「体調を崩していた」とか、
そんなのばっかりだなあと思いまして。
まあ間違ってはいないのですが、この表現にとどめるしかなかった、ともいうわけで。
だって「自分史上最大級の鬱がきた」なんて、
リアルタイムで言えるわけないですからね(苦笑)
まったく、人生とはレインボーブルーであることよ・・・・。
そもそもうつというよりは、私の場合、
「持病にうつ状態が併発する」ということは適度にありまして。
私は子供の頃に受けたいじめが原因で、
二十年近くが過ぎた今でも、
ふとした時にフラッシュバックが起きるという後遺症を抱えて生きているんですが、
そういう特性上、これは一生付き合っていかないといけない話なのですね。
トラウマがフラッシュバックするのって、心のアレルギー反応みたいなもので、
アレルギー持ってる人が卵とかそば粉とかアルコールとか、
そういうのに反応して呼吸が苦しくなったり、
生きた心地がしなくなったりするのと原理は同じなんですよ。
ただ、目に見えないものだから、説明するのがホントに難しい。
私はアルコールアレルギーでもあるのですが、
スイーツに入っている香りづけの洋酒で気分が悪くなるという話も、
うまく説明するのが難しいのに、
いつどこで入るかわからないトラウマスイッチの説明って、
どこからどうやったらいいのか、皆目見当もつかないというですね・・・・。
2年前、トラウマ治療専門の集中カウンセリングのプログラムを受けまして、
おかげさまで、だいぶ日常生活に支障がでないレベルで、
昔のことと向き合えるようになってきました。
ただ去年の2月、Versailles武道館のスタンド席で、
開演を待っていたときに急にめまいがしまして、
それ以来断続的に心が不安定な状態が続いたので、こりゃなんだと。
どうやら脳が正常に悲しいとか嬉しいとか、
抑えていた感情をリアルタイムで反映するようになったため、
今まで心が耐えられずに「なかったこと」として、
網棚の上に放り投げていたトラウマの数々が、
底抜けて一挙に頭上に降ってきて、ノーガードの頭にクリーンヒットしたらしく。
とはいえ「それはしょうがないので根気強く向き合ってくれ」と言われても、
「できっかごらーーー!」と横浜弁全開で抗議したくもなるというもので・・・。
しかもリアルタイムで感じた嬉しい悲しいも全部体に跳ね返ってくるので、
もう自分の感情や感覚に自分自身が振り回されてしまうというか、
今の自分を振り回しているのは、過去の自分なのかはたまた今の自分なのか、
正直それさえも迷子になっていました。
そんな状況だから何をしても心の底から楽しめないという、
自分の人生において最大のスランプが襲い掛かってきまして。
いや、楽しいことは楽しんですよ、でもどこかなにか上の空。
Twitterとかインスタとかにそれとなく書き留めておいても、
あとからそれをブログにまとめようとか、そういう気力も起きなくて。
悲しいかなそれはライブだけではなく、
サッカーや野球を見ていても発動してしまって。
今までどんなにしんどくても、そんなことは一度たりともなかったのに、
それがこのタイミングで襲い掛かるとはもう、
なんかもう、いろいろ連鎖するんだなとしか・・・。
すべてひっくるめたうえで、これを、
「自分史上最大級の鬱がきた(本日二度目)」と言わずして
なんといおうかというねえ・・・。
まあ、何が言いたいかというと、
なんでもいいから私に、
ローストビーフ丼とこっこからあげ食わせろおおおおお!!!(重要なことです・笑)
文章を書こうにも、とにかく無音状態じゃないと書けないということが、
ここ一年半ぐらいずっとで。
逆に言えば、自分のライフワークである文章を書くということですら、
そのくらい外からの情報をシャットアウトしないと、
向き合うことができなかったわけですね。
いやもう・・・どんだけって感じですよ、ええ。
今は落ち着いた・・・のかどうかも自分でもよくわからないのですが、
それなりに「楽しいことは楽しい」「悲しいことは悲しい」
「昔のことを思い出すのはしんどい」というのを、
ちゃんと受け止められるようになったというか。
でもまだ、適度に向き合わなきゃいけない過去も現在もあるし、
「お前がラスボスだったのかーーーー!」な記憶を思い出したりとか、
まあ日々自分の内面とバトルしているような状況なのですけれど。
今iPodでデイジーのシングルコレクション聴きながら、
この文章を書けているぐらいには、通常営業が戻ってきたのかもなあと。
いやもう、これ取り戻すまでに2年かかったとか・・・いやはや。
あとこの2年で、
「格好つけない姿が一番格好いい人間になろう」と、
思わせる出来事が多かったり、そういうライブをたくさん見ました。
それは、自分が人として「いい人間」であることに、
手を抜いてはいけないという、一番難しい生き方なのかもしれません。
でも、やっぱり自分が目指すべきところはそこで、
昔から「だれよりも『人間』でありたい」と思って生きてきたし、
「ありのまま」という言葉で品性下劣な言動を繰り返して、
他人を傷つけても「うっせーノリ悪りぃてめーがわりーんだよ!ばーか!」を貫き続ける、
私を傷つけた人たちと同じ人間になりたくないという、
意地のようなものもありますしね。
あ、Sleepyheadのアルバムは聴けたのですが、
まだ映像のほうを見れてないので、それ終わったらいろいろ書こうかなと。
痛みに鈍感になるより全部受け止めて、
傷ついても前に進むことを選んだ武瑠さんを見ていたら、
なんか私も「やってみようじゃないか」と思わされましてね。
まだできることは少ないけれど、やれることはあるので。
少しずつでも、きちんと自分の道を進んでいけば、
いつかなにかが変わると信じられるようになったのも、
ここ数年の進歩なのかもしれないなと。
とはいえ、それによって見えなくてもいいものが見えてしまったり、
まあ苦悩も多いのですけれど・・・・。
な、なんかまとまりのない文章になってしまいましたが、
なんとなく、七夕のvistlipの自然体にもほどがあるライブを見た帰りに、
「なんかもう隠してもしょうがなくね?」という気持ちに襲われて、
今一気にどばーっと吐き出したのですけれど。
今後もまだ、今にも過去にも適度に振り回されると思うし、
それによって未来が見えなくなることもあると思います。
でも、過去にがんじがらめにされて動けず、
苦しみを言葉にできなかった頃に比べれば、
今の自分には、きちんと受け止めてくれる人も、環境もきちんとあるわけですから。
そういう環境を得るために努力した私、実はものすごい頑張ったんじゃないかなあ。
とはいえまだ道半ば。
やっと自分の人生を生きる権利を手に入れたのに、
それを過去の自分につぶされるなんてまっぴらごめんなので、
その手の物事には赤司様(黒バス)ぶちかましていこうかなと。
・・・物騒にもほどがあるけど、嫌いじゃないよ赤司様。
さて、今日はいろいろ買い出しに行って疲れたので、寝ます。
疲れて寝るというわりには今日も盛大に午前2時就寝なのはどうかと思うぞ私!